第四話 『きちんと謝らないとですよ……』

 ヒューゴの傷も治してもらったところで学内探索を切り上げ、日が傾いているのを確認してグループ棟へと戻る。


「さて、と――ハナちゃんは中にどーぞ」


 今日はもう遅いし続きは明日にしよう、という話だったのだけれど、そうは問屋がおろさないらしく。自分たちが部屋に入る前に、何故だかアリエスが扉の前に立ち塞がった。


「……? 何やってんだ、早く入れよ」

「とりあえず、今日の締めくくりに一つ。やることがあるでしょう?」


 両手を腰にあて『それが終わらなければ通さない』と言わんばかりに、じっとりとした半眼でこちらを睨みつけてくる。意味がよく理解できずに唖然としているのは、隣に立っていたヒューゴも同じで。


「……は?」

「謝ってきなさい。じゃないと明日から、この部屋は出禁です」


 一瞬、何のことを言っているのだろうかと思ったけれども――どうやら、この様子だと図書室での一件についてらしい。


 ……謝るようなことと言えば、これしかないよなぁ。


「女の子を泣かせるだなんて言語道断。しかも……図書室を出る時、謝ろうとしてたのを無視して飛び出したでしょ」


 二人もあのやりとりに引っかかるものがあったのだろう。どちらにも非があるにしろ、ヒューゴの場合はその後の行動が悪すぎた。完全に女性陣を敵に回している形で、非常に状況はよろしくない。


「これから先、グループとして一緒に活動する以上は! そういう態度は、改めてもらわないと困ります!」

「悪いことをしたら、きちんと謝らないとですよ……」


「なんで俺が! 怪我させられたのはこっちだぜ!」

「怪我するようなことをしたお前が悪い。ま、さっさと行って来い」


 ハナさんもお茶を淹れながらああ言っているし。こうなってしまえば、もう謝る以外の選択肢はないだろ。まぁ、どちらにしても俺には関係のないことだし。自分も中で帰りを待とうとしたのだけれど……。


 ――アリエスは変わらず入口から動こうとしない。


「もちろん二人でね」

「っ!? なんで俺まで!?」


「一人で行かせるわけにもいかないでしょう。ねぇ、先輩」


 ――扉はさっきから開いたままで。いつものように椅子に座ってスーハーやっていたヴァレリア先輩が、ゆったりと顔を上げた。


 こ、このタイミングで先輩に聞くか……。


「そうだぞー、んふふふ……。あ、そうだ。丁度いいからリーダーもやればいいと思うよ、テイル。他のグループへの挨拶ついでで、一石二鳥じゃないか」


「嫌です」

「先輩命令だ」


 にやにやとした顔で即答された。


「ほら、先輩も行ってこいって言ってるんだし」

「汚ねぇぞ!」


 気になっていたのなら、なんでここに戻るまで言い出さなかったのかおかしいと思ってたんだよ! この展開に持っていくために待ってたんだなコイツ!


「じゃあ俺が! はいはい!」

「問題を起こす奴はリーダーにはできないなぁ」


「くっそマジかよ……」


 ヴァレリア先輩の前で張り切るのはいいけれども、軽く流されてガックリと肩を落とすヒューゴ。『マジかよ……』はこっちの台詞だ。変わってくれよ、ホント。


「はい、決まったんだから行ってらっしゃい。“二人で”ね」

「嘘だろ……」


 初日からこれだけ問題を押し付けられて、これから先やって行けるのだろうかと不安になる。まともな学園ライフを送れると思ったのに、なんて人生だ。






「はぁ……」


 無駄にテンションの高かった先輩に送り出され、思わずため息を吐いていた。


「いいよなぁ、リーダー。今からでも変えてもらえないかなぁ」

「お前のせいで押し付けられたんだぞ。頼むから今後は大人しくしてくれよ」


 こいつを連れてわざわざ謝りに行くだなんて。この時点で嫌な予感しかしねぇ。グループの挨拶ついでったって、別に余所と仲良くするつもりもないし……。本当に俺が付いていく必要があったのか?


「んで、いったい何処にいんのかね……」


 ――シエット・エーテレイン。確かグループは【銀の星】だったか。グループの部屋の扉の横にはネームプレートが貼り付けられており、目的の名前を探しながら廊下を進んで行く。


妖精の霧ファタ・モルガナ】、【荒誕人形劇場グラン・ギニョール】と、当然ながら自分達【知識の樹】や、例の【銀の星】以外にも様々なグループがあるようだった。


「ヒューゴ」

「……なんだよ」


 長い長い廊下を歩きながら、ずっと黙っているのも気まずい。何か話さなければという焦りと、先ほどの出来事で感じた疑問の解消のため、ヒューゴに呼びかける。気は乗らないがリーダーなのだし、これぐらいならいいだろう。


「……なんでそんなに目の敵にしてんだ? あのグレナカートとかいう奴に対しても、シエットとかいう奴に対しても」


 図書室から出た時に聞こえた、ヒューゴの『気に入らねぇ』という呟き。あれは、単に喧嘩をしたシエットに対してのものだけではないような気がしていた。そもそも、初めて会ったのは自分が知る限りでは図書室が初めてだったはずだし。


「俺のいた地域ってのは、複数のドワーフ族の集落が集まってできたところで

な。住んでた村は、グレナカート家が治めているところの近くにあるんだ」


 最初は話すことに抵抗があるような感じだったが、腕組みをして説明をしてくれるヒューゴ。やけに素直に話すんだなと伝えると『別に理由もないのに絡んだわけじゃないからな』と返してくる。


「あそこの家は、力ずくで頂点の座に座ったっつーこともあって、昔は他所の土地に侵略戦争を仕掛けてたこともあったらしいんだよ。魔族との戦争が終わった今となっては、だいぶ平和になってんだし、あくまで昔の話ってだけだけどな」


 ……正直、戦争の話もよく分かってないんだけど。普通はどこの家でも、そんな話をされながら育ってきたのだろうか。今度、図書室で歴史の本を借りてみることにしよう。流石に“この世界の”ものを知らなすぎるのもまずい。


「……でも、いまだに一部からはドワーフと聞いただけで一歩距離を置かれることもある。まぁ、別にそれはいいんだ。俺だって力を付けるためにこの学園に来たし」


 ふわりとヒューゴの肩に現れる炎の妖精。戦うためだけではなく、鍛冶師としての仕事をする上でも、非常に頼りになる存在なんだとか。


「俺の親は、代々鍛冶で生計を立ててきたんだけどよ、おかしくねぇか。勝手に戦いを仕掛けているのは、上にのし上がった、力の強い、いわゆる偉い奴らでよ。実際に巻き込まれて、苦労していたのは俺たちの爺さんたちだったんだぜ」


 ――聞けば、村も戦争の被害に遭って、早々にその祖父が亡くなったらしい。なんと声をかけたものかと沈黙していると、『悪い、なんか重い話になった』と謝られたけども、それもどう答えればいいのか困る。


「でもよ。今だって、俺の親父たちが汗水垂らして働いている間、なんの苦労もせずに悠々と暮らしているんだ。貴族だの、名家だのなんて奴らは。そんなの、絶対に認められるかよ」


 なんというか、ここでも貧富の差というのは顕れるんだな……。統治する側の苦労なんて、下々の方からは窺い知ることなんてできないし。ましてや、自分は前世ではただの高校生で。今の人生では裏稼業をしている家に産まれただけの亜人である。


 唯一、今の状況で分かっているのは……。なるべく、深く関わるべきじゃないってこと。そしてこれ以上面倒くさい展開になる前に、さっさと問題を終わらせた方がいいということだった。


「――あった、【銀の星】。分かってるよな、ヒューゴ」


 中に入る前に簡単に流れを確認しておく。


 こいつに任せた日にはロクなことにならないことは、今日一日でよく分かったし。『これさえしておけばいい』ということ一つさえ分からせておけば、きっとなんとかなるはず。


「気に入らないのは十分に分かった。けど、さっさと入って、さっさと謝って退散だ。……いいな?」

「……おう」


 ――扉を開くと、まるで玉座の間のようなしつらえの広間が広がっていた。


 うちのグループ室よりも一回りも二回りも広い。奥の玉座に収まっていたのは、入学式の時に見た男子生徒――グレナカート・ペンブローグの姿。


 よりにもよって、と言うべきか。それとも案の定と言うべきか。


 エーテレイン家はグレナカート家の金魚の糞、みたいなことを言っていた時点で、一緒に動いていることを予測しておくべきだったと後悔する。


 運悪く他のメンバーも集合しているときに来てしまったらしい。全員が全員、新入生の制服を着ていて。上級生の姿は無く、グレナカートを含めて五人。


 ……こいつらが【銀の星】か。


 玉座のすぐ傍に立っていたのは、入学式の時に隣に座っていた、どうにも話しかけづらかった白髪長髪の女子生徒だし。目的の人物であるシエットは端のソファに腰かけ、そのお付きらしき雰囲気の水色の髪をした女子生徒を傍に立たせていた。見るからに虚弱そうな白髪の男も別のソファに座ってるが、どういう関係なのだろう。


「――何の用だ」


 玉座の主が、静かにこちらを見下ろしていて。

 えも言われぬ圧力のせいだろうか。冷や汗が一筋、頬を伝った。

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