1-3-3 アリエス編 Ⅱ 【レース開幕!】
第八十八話 『お婆ちゃんっ子なんですか?』
――そして無我夢中で十数日を過ごし、レース大会の日が訪れた。
「実に……実に長い戦いだった……!」
結局、あの後はずっと
依頼でヘトヘトになって帰ってきた時に、完成したロアーを目にしたときには、自分達の今の頑張りは何だったんだと、そりゃあもう驚いたわけで。
――――
『おいおいおいそれって……!』
『いやぁ……キンジー先生がこんなのを持ってきてくれてさ』
床に敷いたシートの上に置かれた、それはもう分厚い冊子。
どうやら、自分達が解析を依頼していた仕様書に間違いない様だった。
『それって、どれぐらい前に?』
『うーん……、数日前から……?』
――――
……つまり、割と早い段階で解析が済んでいたのにも関わらず、黙って雑用を続けさせていたわけだ。おかげでアリエスの作業が
テイラー先生然り、ウィルベル先生然り。この学園の教師はまったく、生徒をなんだと思っているのだろうか。
「――ともあれ、なんとか間に合ったな」
「本当におつかれさまです。アリエスさん」
「いやいや、まだそれを言うのは早いよー? ここから大変なんだから」
アリエスが苦笑いしながらそう言ったが、確かにその通り。なんとか余裕をもって修理を済ませ、操縦訓練も順調に進み、そうしてこの日を迎えはしたものの。これまでは、あくまで準備段階。本番は――これから始まる。
「バイクとはいえ、この世界じゃ免許もいらないか……」
「免許?」
「あぁ、いや、こっちの話だ」
ポツリと呟いた言葉に反応され、戸惑ったりもしながら。そうして話をしながら歩いていくと、ようやくレース開始地点らしい場所に出た。
「それじゃあ、私は受付に行くね」
「観客席はこっちだな」
大きな看板で案内が出ており、ここで参加者と観客で分かれるとあった。
次にこうやって話すことが出来るのは、レースが終わった時だ。
「――体調は?」
「万全!」
「ロアーの調子は?」
「完璧!」
となれば、あとは全力で走るだけ。
頭に付けていた作業用ゴーグルをはめて、アリエスはにっかりと笑う。
ロアーを展開したアリエスは、『応援よろしくね!』とふわふわと地面から離れて浮いている愛機と共に、コース内へと入っていった。
『どこで観ましょう?』『そりゃあ、一番前に決まってんだろ!』と、自分たちも観客席に上がろうとしたところで、後ろから大きな声で呼び止められる。
「――みんな!」
「……?」
振り向くと、アリエスはまだコース上に。向こうにある受付に行くと言っていたのにそんなところでどうしたのだろう。まさか、ここにきてトラブルじゃないだろうな……?
同じ様に何事かと振り向いたヒューゴとハナさんも、不安そうな表情をする。けれど、そんな心配をよそに――
「……ありがとね!」
大きく手を振るアリエスの口から出たのは、感謝の言葉。
どうにも、照れ臭くなるようなやりとりになりそうで。
三人揃って、同じように返したのだった。
「――礼を言うには、まだ早いぞ!」「早いぜ!」「ですのよー!」
「アリエスさん、優勝するといいですね」
「あんだけ凄ぇのに乗ってんだぜ! するだろ!」
「してもらわないとな。――っ、こいつは……」
自分たちが歩いてきた方向からは見えなかったのだけれど、観客席はひな壇のような特設席となっていた。その陰になっていて今までは気づかなかったが、向かい側にはデカデカとしたスクリーンが広がっている。
「なんだぁ、ありゃあ……」
「
「……まさか、あれに大会の様子が?」
どうやら
『さぁ、飛行限定レースという厳しい条件の元、
拡声器によって、ウェルミ先輩の声が響き渡る。
学内のイベントはこれで二回目だけども、すっかりと馴染んでいて。こうしたイベントを盛り上げることに関しては、本当に天賦の才というか……。他の追随を許さないところがあるよな、あの先輩。
その証拠に『それでは、参加選手の紹介に入りましょう!』という声に合わせて、席からは歓声が上がり始める。学年大会の時にも思ったが――この学園の生徒、実にノリがいい。
『まずはぁぁぁぁ!
ピカピカに磨かれた
アリエスゥゥゥ・レネイトォォォォ!』
まさかの一番最初に紹介されるアリエス。スクリーンの方では、その顔がアップで映されていた(目元はゴーグルで覆われていたけど)。少し照れている様子で頬を掻く姿が映っていることに本人が気付くと、ほんのりと顔に赤みが差すところまで見えた。
別にゴーグルしているんだし……それとは関係なしに、別に照れることでもないと思うのだけれど。ヒューゴが浮き足立っていた時になんやかんや言ってたのに、あいつも人のこと言えねぇじゃねぇか。
――拍手、口笛、感嘆の声。
乗り物がロアーということもあって、注目度は大きい。
この人気に応えようと気合を入れているのか、ギュッと拳を握るのが見えた。
『続いてぇぇぇぇぇ!』という声と共に、どんどんと映像が切り替わる。まずは一年生からなのだろう、緊張しているような表情がちらほらと。【黄金の夜明け】のタミル・チュールもその中の一人だった。
『タミル、頑張ってー!』と少し離れた場所からキリカの声がする。どうやら、あちらのグループも総出で応援に来ているらしい。
紹介に集中しているキリカとにはるん先輩とは違い、フィーリ先輩とジード先輩がこちらに気付いた。軽く手を振ってきたので、こちらも返しておく。
「【銀の星】の連中は参加しないみたいだな……」
「実力試しとは少し趣向が違うからでしょうか」
観客席をざっと眺めてみると――シエットとルナの姿は見つかった。グレナカートは……来ていない。予想通りというか、なんというか。こういったイベントごとには、ほとほと興味がないんだな……。
『一年生は以上です! それでは、二年生の紹介に移りましょーう!』
ざっくりと雰囲気を見ても、一年が一割、二年が六割、三年が三割といったところか? やっぱり飛行魔法はハードルが高いのか、一年の参加者は少なかった。あっという間に一年勢の紹介が終わり、今度は二年の方へとウェルミ先輩が移動する。
それに合わせて、ざざざっと映像が切り替わると、もじゃもじゃとした緑色の癖っ毛が画面に大きく映った。
既に鳥型ゴゥレムのマクィナスに乗っている。――トト先輩だ。
『
最近では、いつもお婆ちゃんについて回っていると学内で噂になってます!
お婆ちゃんっ子なんですか? トトォォォォ・ヴェルデェェェェ!』
――ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
「ひえぇ……」
みるみるうちに、先輩の目つきが険しいものに変わっていた。
殺気に満ちた、『顔は覚えた』と言わんばかりの目である。
ただでさえ、トト先輩の前ではココさんの話題は
「怖い物ナシかよ……」
トト先輩の視線をあっさりスルーして『はいはい、どんどんいっちゃいましょう!』と、次々に参加者の紹介が進められてゆく。これでもかというぐらいたっぷりに時間を使って、二年勢の紹介が終わり、今度は三年。
ざっくりと進められていく中で、観客席からのざわざわとした声が大きくなってくる。まだ、今回の目玉とも言うべき“あの人”の登場を待っているのだ。
『最後にぃぃぃぃぃぃ! ゲスト参加のこのお方!』
わっ、と会場全体から歓声が湧き上がった。
空から降ってくるように、ククルィズに乗ってココさんが現れたのだ。
『時を越えて、伝説の
天才ゴーレム使いは戦場を選ばないぞぉぉぉぉぉ!
ココォォォォォォォォ・ヴェェェルデェェェェェ!!』
割れんばかりの大歓声。熱狂的な声援があたりから溢れ出していた。
身体を前に出しすぎて、観客席からつんのめりそうになるのも何人かいた。
生前(というか、復活する前)には、自分の冒険を
『どうです? レースの前に何かひとこと!』
『ここまで人気だったのね、私って』
『ちょっと驚いちゃった』と肩を
『そりゃあもちろん! 伝説のゴゥレム使いと呼ばれた方ですから!』とウェルミ先輩も
『今回のレースにかける意気込みは?』
『意気込みもなにも――私が出た以上は、一位の座は決まったようなものね』
途中、ちらりとトト先輩の方を見たココさん。トト先輩も無視していればいいものを、その挑発的な視線を目ざとく察知して……分かる人には分かる、一触即発の空気。
流石の先輩も、こんなところで乱闘騒ぎは起こさないと思うけど……。
……起こさないよな?
『はいはい! というわけで、今回の注目はヴェルデ家のお二人の対決!』
『少なからず目の敵にしているようだったね。どこかで必ず絡んでくることでしょう。それが全体のレースにどう影響するのか……』
「良くも悪くも注目されてるなぁ、あの二人」
「怪我をしないといいのですけど……」
これまでの説明でもあったように、空を飛ぶ方法は多種多様、十人十色。ゴゥレムだったり、ロアーだったり、リガートだったり、魔物だったり。乗る方も、一癖も二癖もありそうな奴ばかり。
このレース、一波乱どころ済まなくなりそうだった。
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