第八十九話 【差が付いちゃうかもね?】

 人生っていうのは分からないもの。ほんとそう思う。

 ――まさか、私がこんな大舞台に立つことになるなんてさ。


 学生大会の時はまぁ、お試しというか、賑やかしというか。『まーどんな結果でもいいかな』とか思っていたけど……。今回ばかりはそうはいかない。先輩にも、ばっちりバレてたみたいだし。


「今回は、この子ロアーもあるしね」


 初めて機石バイクロアーに触れた時、全身が震えた。この、今まで見たことの無い機構には――いったいどれだけの知恵と、技術が詰め込まれているのだろう。


 


 所有権の話じゃない。そんな表面だけの、薄っぺらい話じゃない。

 隅々まで噛み砕いて、栄養にして、生み出せるまでに。

 この子ロアーのことを知りたいと思ったのだ。


「ま、半分ぐらいは、目標達成できた。……のかな」


 そんなことを呟きながら、ぽんぽんと車体を叩いてみる。


 傲慢ごうまんな言い方をしてしまえば、未完成だったものを、私が完成まで“押し上げた”。借りているというよりは、私が作ったという感慨のほうが大きいかな。


 全体の性能を左右する、核となる機石が一つ。そこから供給される魔力を、浮遊力と推進力に変換する機石が二つ。核へ魔力を注ぎ込むための魔石が手元に一つずつ。機体の様々な部分には、魔力を増幅させるための補助機石が取り付けてある。


 核のそばに取り付けられた、全体的な出力のコントロールを行う部分は、完全に私が一から作ったもの。それに合わせて、既に組まれていた別の部分も微調整を行っている。


 その反面、機体の外面はあまり手を加えることができなかったけど。


 もともと風の抵抗を抑えるように作られていたみたいだし、そっち方面の技術は自信がないし。……まぁ、機体の左右を覆っている金属板が丁度良い感じだから、『刃状に加工して武器に! 左右に広げて、両側の獲物をスパッと両断!』とかぐらいならできるけど……今回はそういうのじゃないしね。


 それでも、こうして顔が映るぐらいには、ピカピカに磨いてあげている。こうして撫でてみると、自然と手に馴染んでくる感覚だって。


 ――正真正銘、私の為に、私が作り上げた愛機。


 このレース大会を“私の力”で戦うという意味では、気合の入り方が違う。

 皆も見てくれているし、情けないところを見せるわけにはいかない。


 私の中で、これはもう“負けられない戦い”なのだ。


 ――だから、最大のお礼は勝って戻ること。

 みんなが私の為に頑張ってくれたことに応えたい。勝ちたい。


 ……先輩は、またふらりと姿を消してたけど。

 いつものことだし、またどこかで見てくれているはず。たぶん。


『各参加者、位置に付いたみたいだね』

『さぁ! 間もなく開始となります!』


「わ、そろそろ始まるっ?」


 すぅ――はぁ……。


 ――大きく、深呼吸して耳を澄ませて。全神経を総動員して、ウェルミ先輩からのスタートの合図を待つ。観客席からの、ざわざわとした小さな言葉のやりとりだけが、潮騒しおざいのように鳴っている。


「――――」


 次第にそれも小さくなって……いいやきっと、集中し過ぎているせいで、周りの音が聞こえなくなってるんだ。


『それでは――』


 その証拠に――ロアーから伝わる熱が、小さな振動が、まるで心臓の鼓動のように響いているのが分かる。普段なら気にならない程のものなのに、ここまではっきりと伝わってくるなんて。……おかしな話だけど、生き物みたいだった。


『パンドラ・ガーデン・スカイレース――始め!』

「それじゃあ行くよっ、私の相棒!」


 ウェルミ先輩の合図に合わせて、一気に出力を上げた。


 その空間に引き留められている自分の身体を、無理やりに前へと押し出すような感覚。練習で何度も味わったけど、とても解放感があって気持ちが良い。


 ……空を飛ぶのも、同じような感覚なのかな。


 想いを馳せるのは、過去に読んだ小説の登場人物。

 主人公である彼女は、竜と共に空を飛んだ。


 私はまだ翼を持ってはいないけれど――いつか、きっと。

 いつかきっと、世界中を自分の作った飛空艇で旅をしたい。


 その足がかりとして、今がある!


『皆さん、それぞれ出だしは好調! トップを争うのは概ね予想通り、トト・ヴェルデとココ・ヴェルデの二人だぁ!!』


「――やっぱり、飛び出しが早いなぁ……!」


 先輩たちがゴゥレムが操っているのを何度も見たことはあるし、少しずつ出力を上げる必要がないのは百も承知のこと。ククルィズもマクィナスも、まるで本物の鳥の様で。それだけ先輩たちの技術が凄いということが分かる。


 ――ココ先輩たちだけじゃない。もう既に沢山の参加者が、私の前を走っていた。全体で見ると、半分よりも少し後ろぐらいだろうか。いきなり全力で走らせると機石に負荷がかかるから、出力を抑えているのもあるけど……。


 空の飛び方はそれぞれ。自分の身体に飛行魔法をかけて飛んでいる人もいれば、魔物に乗っている人もいる。あとは……私の様に機石バイクロアーに乗っている人はいないけれど、機石魔法科マシーナリーの他の生徒も、自分なりの機石装置リガートを使って空を飛んでいた。


 少し前を飛んでいる、【黄昏の夜明け】のタミルちゃんなんて――背中に翼を生やしている。鳥のような羽根が付いたそれではなく、薄い皮がピンと張られた、蝙蝠のような翼で風を裂く。


「――っ! うわぁ、いいなぁ……」


 魂使魔法師コンダクターとしての魔法。学生大会の時にもちょっとだけ紹介されていた気がするけど、魔物の身体の一部を自分の物として使えるんだっけ。


 私は見たことはないけれど、翼のあるヒトもいるにはいるらしい。種族ではなく、普通のヒトとヒトからでも生まれる、一種の奇跡の形。有翼種アンジールって呼ばれて、とても珍しい存在なんだとか。


 生まれた時から飛ぶ力があるというのは、どんな感覚なんだろう。


『さぁ、そろそろ先頭集団が第一ブロックに差し掛かかる頃です!』

「――っ」


 ウェルミ先輩のアナウンス通り、少し先には森が広がっていた。自然区の森林エリア。一抱えもあるような太さの木々がずらっと並んで、まるで壁のような印象を受ける。


 これを猛スピードで走りながら抜けて行く……?

 細かく目を張り巡らせた網のようなこの森を?


 事前に説明を受けてはいたものの、やっぱりこうして目の前にすると、どっちの道を選ぶべきなのかを考えてしまう。損と得のバランス。時間のロスを取るか、リスクの回避を取るか。


 そうして考えている間にも、どんどんと森へと近づいていく。

 ……トト先輩たち二人はきっと――


「それじゃあ皆さん、御先に失礼するわね」


 ココさんが余裕気よゆうげにそう言って、ぐんと速度を上げるのが見えた。


「ここでちょっと差が付いちゃうかもね?」

「…………」


 うわぁ、これ絶対、先輩を挑発してるよ……。


 ココさんのゴゥレムを直接操る手元からは、キリリと音が聞こえてきそうだった。そして言葉の通り、まるでククルィズと一体になったかのように、ぐねぐねとした動きをして右へ左へと木々をかわして森の中へと飛び込んでいく。


「……ぶっ殺す」


 そんなココさんを追うようにして、トト先輩も速度を上げて。ココさんよりも荒々しい挙動をしながら、森へと入っていった。なんだか不穏な言葉が聞こえてきた気がしたんだけど?


 あはは……って笑い事じゃないって。


「このままじゃ、置いてかれる……!」


 優勝賞品が出るのは第一位のみ。回り道をしてたんじゃ、絶対に二人に追いつくことなんてできない。


 最後まで走り切ればいいわけじゃない。一位でないと意味がない。だとしたら、――私だって最短距離を進むしかない。


「――――っ」


 そうして私は、方向を曲げることなく、森の中へとロアーを走らせた。

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