幕間 ~機石魔法師ふたり~

「ありゃ……あんまり寒くない?」


 カチャカチャと、カバンの中の工具が鳴る。

 右手に作業用のシート、左手にはランタン。


 既に時は日没を遥かに過ぎ、見事に真夜中!

 あとは……意外にも、月明かりが少し眩しい。


「これなら、ランタンはいらなかったかも……」


 ここは、グループ室の窓から見える空き地。行儀が悪いのは分かっているけど、窓から荷物を抱えながら外に出たところだった。


『ずっと地下室にもりっきりだと、息が詰まってしまうでしょう? たまには外で作業してはどうです?』だなんて、ハナちゃんが帰り際に言うからさ。


 いやいや、流石に夜は寒いでしょ。だなんて思っていたけど、やっぱり言われた通りだった。同じ景色ばかりだと、考えまでずっと同じところを、ぐるぐる回っているような気がして。


 流石にこれは、少しぐらい寒くても気分転換しなきゃ。


 ……と思ったところだったんだけど……意外にもそこまで寒くなかった。

 どちらかというと、快適ですらある。


 おっかしいなぁ……。ルルル先輩たちがシャンブレーに依頼を受けに行ったときは、割と寒かったって聞いたんだけど。


「んー……。……ん?」


 私が出てきた【知識の樹】の窓から、誰かが覗いているのが見えた。

 ううん、誰かというより何か。よく見てみると、それは――


 あら可愛い。ヴァレリア先輩の妖精じゃない。

 炎の妖精……。もしかして、この辺りが寒くないのって……。

 そんな考えが、ちらりと頭をよぎった。


「そっか……。ありがとね」


 小さく手を振ると、向こう妖精の身体がふわりと浮いて、ゆらゆらと揺れていた。……喜んでるのかな?


 普段はあんな感じの先輩だけど、何気ないところで応援してくれるのは素直に嬉しい。こういう、ギリギリ見えるか見えないか、というところなのは先輩らしいけど。


 ちゃんと私たちのことを見て、背中を押してくれるのを実感する。


 だからこそ、もうひと踏ん張り!

 球状の“それ”を鞄から取り出し、目の前で展開する。


「ちゃんと、ロアーこの子が動くようにしないと」


 私の知識不足・実力不足もあって、まだ修理が済んでいない。


 機石魔法はまだまだ発展途上。原型はもっと昔にもあったらしいけど、一番古いものでも五十年か、六十年前だって授業では言っていたはず。今のように広く使われるようになったのも、三十年前からなんだとか。


 掘り返された技術と新しい知識を組み合わせて、新しい物を生み出す力。

 無限の可能性を秘めている魔法体系。


 当時の研究に使われていた工房に廃棄されていた機石装置リガートや、まるで生き物のように動く機石生物マキナなど、まだ完全には分かっていないことだって山ほどある。


 ……私の目の前にあるロアーだって、もちろん例外じゃない。


 核となる機石の問題なのか、それとも別の部分で理由があるのか、どこの工房でも修復作業に手間取っている。私だって、一から作った方が早いんじゃないかって気さえしてくる。


「それだと、絶対レースまでに間に合わないし……」


 今のままだと、二年に上がる前に終わるかどうかも怪しい。


 肝心の部分が、さっぱり分からないのが問題なんだよね。どうにかして、元々あったもの再現しようとしても失敗するし。地下の練習場の隅にどんどんガラクタが溜まっていくのは悪いと思ってるんだけど……。


「お金はあってもなぁ……」


 結局のところ、頼れるのは自分の腕しかないわけで。

 手探りじゃ、できることにも限界がある。


 もう、いっそのこと――誰かに相談した方がいいだろうか。


「――ほぅ……。なかなか良ぅ整備されとるじゃないか」

「じっちゃん先生……?」


 突然、声がした。よく知っている声。

 機石魔法科マシーナリーで、たまに授業を受け持っているキンジー先生。


 私だけが勝手に“じっちゃん先生”と呼んでいる。現に年齢を見れば、お爺ちゃんだし、本人も別に嫌がってないし。それに、昔に工房でお世話になったじっちゃん連中と、どことなく同じ匂いがするから。


「これは……あの……あはは……」


 私がこれを持っているのは、【知識の樹】と【黄昏の夜明け】のみんなと、ルルル先輩、それと学園長ぐらいしか知らない。一応、許可を得て自分の物にしているけれど……こんな珍しいものをポンと拾ったことを、後ろめたく感じてないわけじゃないから。


「アリエス・レネイト」

「は、はい……」


 真正面から名前まで呼ばれ、ますます萎縮してしまう。

 別に悪いことをしたわけじゃないけど、教室の前で立たされている気分。


 こっそりロアーをイジッてたことで、何か言われるのかな……。


「……やりたいことがあるのなら。それを我慢するような奴にだけは、なっちゃいかんぞ。ワシらはそんな人種じゃないじゃろう」

「……え?」


 呆気にとられる私の前で、ドサっとロアーの上に置かれる紙の束。


「ほぅれ、学園長から渡された資料を解析した写しじゃ。工房探索の時に見つけたものに混ざっとったらしいの」


 ――――っ!


 慌ててそれを手に取る。

 数十ページにも及ぶ、機石装置リガートについての資料。

 私が知りたいことが書いているページは――あった!


「これって……ロアーの仕様書……!」


「ワシも実物を見るのは数えるほどじゃが、それでも手をかけられとるのが分かるわい。……必要だったんじゃろう、この資料が」


 ピカピカに磨かれた機体を撫でる手つきは――まるでお爺ちゃんが孫を撫でているような。そんな優しいものだった。


 機石魔法師が必要とする素質の中で、一番難しいのは“目”だ。物の本質を見るのに審美眼、観察眼が大切になってくる。優秀な機石魔法師というのは、一目見た時に、それが良いのか悪いのか直感で分かる人が殆どらしい。


 見えるもの全てを見逃さない力。

 見えない物まで見通す力。


 きっと先生はこのロアーを前にして、私と違うモノを見ているに違いない。


「どんな装置だって、一つ一つの部品が役割を持っており、それが上手く組み合わさってできておる。良いものほど、無駄な物が削ぎ落とされ、必要なものだけで構成されていく。核だけじゃあない。大事なのは、互いを支え合い、高め合うことじゃよ」


 一つの機構が、二つも三つも意味を持つこともままある。

 それ故に、一つの部品が駄目になったら全体が崩れることも珍しくない。

 ――そう。無駄なものなんて、一つもない。


「人も同じじゃ。そういう意味では、お前の仲間は――」

「…………」


「――最悪じゃの。大会の準備で忙しいってのに、このワシに対して、解析の方をさっさと済ませろとかしに来たわい」

「ありゃ……。ごめんね、それたぶん――ううん、絶対私のせいだ」


 まさか裏でそんなことをしてたなんて。


 私が下で頑張ってる間にさ、みんなもいろいろ依頼を見つけたりして。

 忙しそうにしているなぁとは思ってたんだよ?


 内心悪い気もして、私も手伝った方がいいかな、なんてハナちゃんに聞いたりもしたけど、『アリエスさんは、修理を頑張ってください!』なんて言われたし。


「別にかまわん。それだけ必死だったんじゃろう。もともと、大会の準備が済んだあとに、ゆっくり済ませるつもりだったんじゃから、間違った判断ではない。それがここにあるのは、お前の仲間のおかげじゃ。しかし……」


 私の持っている仕様書を持って、先生が言葉を濁した。

 その表情は少し曇っているようにも見える。


「…………?」

「当然ワシが解析したんじゃから、目も通した。そこで問題が一つあってな……」


「……元々、その工房にあったものは試作品だったんじゃろう。どこかで見た完成品を再現しようと、見様見真似で作った代物。よってそれは……仕様書などではない、試作図、もしくは計画図じゃ」


 先生はそれを、一から作り上げていく過程を記したものだと言う。恐らくこうなるだろう、という予測のみで、結果を担保されたものではないと言う。


「え、でも……。動力の中心部以外はちゃんと動いて――」

「そこまでじゃよ。“それ”に記されているのは」


 どういった機構を用いて、どういった理想を抱えて。

 構想を現実へと昇華させるかの試行錯誤の軌跡。


「それってつまり――」


 その行く末が、“これ”には記されていない。



 いやいやそんな、嘘だよね?

 震える手じゃ、上手くページを捲れない。

 だって、ちゃんと項目があったのに……。


「――っ、そんな……」


 そこに辿り着くまで、ロアーの様々な部分について細かく記されていた。

 およそ全体の八割。だいたい完成の形に近いぐらい。


 だけど――私もさっぱり分からなかった、例の部分に関してのページには、大きく未完成とだけ書かれていた。


 いくら分解してもダメなわけだ。

 いくら組み立てても、理解できないわけだ。


 それがそもそも、完成したものじゃなかったんだから……。


「それじゃあ……私のできることなんて……」


 それまで追いかけてきたものが姿を消した。

『目標にこれだけ近づいた』『次こそはもっと』

 費やしてきた努力が、時間が、水泡すいほうした気さえした。


「私のできることなんて……」


 必要なのは模倣じゃなかった。そもそもの道が間違っていた。

『本気を出す』とか言っていたのにこの様だ。全然足りていない。


「ひとつしか……残っていないじゃない」


 ――破棄しよう。

 を残していても邪魔なだけ。惑わされるだけだ。


 散々理解しようとして、理解できない理由がやっと分かった。

 分からない私が、おかしいわけじゃなかった。


「――


 隅の隅まで把握して、私が最後のパーツを作り上げる。

 大丈夫。大丈夫、きっと。


 完成された装置に、無駄なものなんて一つもない。

 ひとつひとつ、その役割を理解して。隙間を少しずつ埋めていって。

 最後にはパズルのように、カッチリはまるようにできているはず。


「――上等! 私の手で、命を吹き込んでやろうじゃない!」


 過去の機石魔法師ができなかったのなら、私がやってやる。

 この学園の魔法使いとして、軽々と越えてやる。


「それでこそ機石魔法師マシーナリー、っちゅうやつじゃな」


 先生がにぃっと笑う。


 キンジー先生も、なんでも自分でやっちゃう職人気質しょくにんかたぎの人だ。


 私が凄いと思う人って、だいたい皆どこか似てる。

 気難しいところとか、負けず嫌いなところとか。


 そして私も――そういう職人になりたいと思っている。


「使いたい部品があったら、売ってもらっていい?」

「遠慮はいらん。使えそうなものは、なんでも利用したれ」


「……割り引いたりはせんからの」

「いいのいいの、お金に糸目は付けないから」


 生徒と教師というより、対等の職人としてのやり取りみたいだった。

 私の小さい頃、工房で何度も見たやり取りだ。


 ……なんだろう、とっても嬉しい。


「ワシも教師という立場上、いち生徒に対して肩入れするようなことはせん。不公平じゃからな。しかし――正当な報酬、職人としての仕事ならば問題なかろう」


「修理については、金と、お前自身の腕でなんとかせい」

「そんなこと分かってますぅー!!」


 べーっと舌を出す。


 さっきも言った通り、別に金に糸目を付けるつもりもない。

 やりたいことをやる為に。その為に金はあるのだから。


 少しでも可能性があるのなら、そこに賭けられるだけ賭けてやろう。

 ――うん。それが私のやり方だ。


「ちなみに、この解析結果についての対価はまだ全部貰っておらんからな」

「え……。お、おいくらで……」


 確かに、この解析結果の冊子の価値は計り知れない。

 数十ページの中に、どれだけの知識が詰め込まれているのだろう。

 下手したら、ロアーの修理に回す分も無くなるだなんてことも……。


「そいつを完成させるあたりまで、暫くお前の仲間を借りておく。多少未熟な部分もあるが、小間使いとしてはそれなりに使えるからのう」


『くれぐれも、お前の口からバラさんように』と指に手を当てる仕草が、まったく外見に似合わないで少し可愛い。


「じっちゃん先生も、相変わらずだねぇ」


 堪えきれない笑いを誤魔化すように呆れた声を出すと、先生は後ろ手に手を振りながら、『気張るんじゃぞ』と帰っていく。


 あーあー、大きなあくびしちゃって。

 ……いつもは、この時間にはもう寝てるって言ってたもんね。


「……さて、それじゃあ――」


 どうしようか。といっても、もう夜も遅いし。


 じっくりと解析結果を読み込むにしても、この時間帯じゃすぐに眠気がやってきそう。そんな頭じゃ、十分に理解できる気もしない。


 うん。やっぱりここは――


「ハナちゃんの言う通り、しっかり寝るとしますか!」


 窓から中に入って、先輩の炎妖精に『今日はもう終わり!』と目配せする。


「――――」


 いそいそと帰っていく妖精を見送ったのはいいけど……。

 今から寮に戻るのも面倒だし、ここで寝ようかな。


 誰が持ちこんだのかは知らないけど、ちょうど毛布もあることだし!

 これは自由に使ってくださいってことだよね?


「――っ。んふふ……」


 ソファの上でくるまってみると、なんだか毛布からいい匂いがしてきた。

 ほのかに香る香の匂い。うっすら分かってたけど、先輩からする香りだ。


 薄めると、ここまでいい匂いがするんだ。

 これなら、明日もすっきり起きられそう。


「おやすみ、皆。――私、頑張るからね」

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