第二部
2-1-1 来訪者編 Ⅰ【《破壊者》ミルクレープ】
第百八話 『止めなくていいんですかぁ、あれ』
「――おいおい。なんだよ、この腑抜けた空気はよォ……」
肩までワイルドに伸ばした金色の髪。
ふりふりとしたフリルの黒いスカート。
そして――膝には球体関節。
まるで童話の世界から抜け出したかのような
背格好は小柄で華奢で、ともすれば迷子とも取れないこともない。しかし、その赤く真丸な瞳とギザギザの歯が、見た目不相応な凶悪さを
あたりからは浮いた服装ではあるものの、ここは魔法学園パンドラ・ガーデン。――奇才天才、奇人変人の集まる場所。誰もが、少し気にしながらも視線をちらりと向けるぐらいで。そのまま通り過ぎて行くのは、決して間違った判断ではない。
「チッ――」
舌打ちする彼女の右手首が、カチャリと音を立てて外れた。
袖口から飛び出し、校舎へと向けられたそれは銃口以外の何物ではなく。
――間髪入れず、魔力を圧縮して作られた銃弾が放たれたのだった。
――――――――
「……んー。また爆発してるー?」
「……してるなぁ」
隣に座っているアリエスが伸びをしながら訪ねてきたので、億劫ながらに返事をする。時刻は昼下がりを少し過ぎたところ。……この時間帯の授業というものは、どうしてこうも眠たくなってしまうのか。
「ほーら、お前らー。ちゃんと授業に集中しろよ?」
教壇では、
一年の間は、それぞれの基礎能力の向上ということで、
けれども二年に上がると、より実戦的な魔法や戦法を身に付けるため、数人で集まって授業を受ける日ができたのだ。もちろん、グループを既に組んでいる生徒はそのグループが優先される。というのが、今の状況だ。
「今度はどこなんでしょう……」
「どこでもいいさ……」
……この一年でもう慣れた。慣れって怖い。
一年の時は何かある度に慌てていたけど……今となっては騒ぎが起こるのなんて、もはや日常茶飯事だし。爆発音がしたのも、一度や二度どころではない。先月はどこかの実験室が薬品の調合を間違えていたし、先々週は生徒同士の喧嘩だった。
「中庭に誰か出てきたぜっ!」
「ヒューゴ・オルランド、お前はとりあえず座れ?」
どこで何が起きているのか興味津々のヒューゴが、どうやら何か見つけたらしい。その言葉に、自分もアリエスも窓際へと駆け寄って覗き込む。
……誰かと誰かが戦っている?
片方はクラスメイトであるヴァルター・エヴァンス。ちょい不良のような奴で、一年の時の学生大会の時は散々目の敵にされていた。タイマンの試合で勝利してからは、おとなしくなったはずなんだが……。
「……なんだあいつ」
もう片方は、一瞬クロエかとも思えたが、微妙に外見が異なっていた。
後ろに少し束ねた形で、ショートスタイルの金髪に……あれはゴスロリ?
ひらひらとしたクロエのドレスとは、造りが違うように見える。
あんなやつ学園にいたか?《特待生》についても、完全に把握しているとは言い難いけど……。流石に、あんなに派手なのがいれば分かるはずだ。
「今度は女子に絡んでんのかよ……!」
「いや、そういう雰囲気とは少し違う気がする」
《特待生》にしても、なんだか毛色が違う。
現に、ヴァルターの方が防戦一方なのだ。
相当に腕が立つぞ、あいつ。
「
「んぐ……ぷはぁ……あぁ? なんで止めるんだ」
教師が不思議そうな顔をしてこちらを見るな。
そんなに難しいことを言ったか? おお?
「だって……校舎がどんどん壊れてます……」
「俺はそれで嫌な思いしてないからなぁ」
「この……ド外道っ……!」
とんだ畜生だった。既に人として何かが間違っていた。
仮にもここで働いている身なのだから、もう少し何かあってもいいだろうに。
「――まぁ、これは冗談でな。学園でなにか問題が起きたとしても、学園長の許可が出ないと俺ら教師は手が出せないんだわ。学園の問題は、できるだけ生徒の手で解決させるっつうのが学園長の方針だからな」
「あぁ――」
一年の終わりに学園長が言っていたな、そんなことを。
【真実の羽根】での一件。副部長として過ごしていたヤーン先輩が、自分たち【知識の樹】の監督生であるヴァレリア先輩への復讐を狙っていた事件。
生徒が何人か行方をくらませたというのに、結局解決したのは自分たち――というかヴァレリア先輩だった。……初動が早かったから、というのもあるだろうが。あれがもっと深刻化していたら、流石に動いていたんだろうか。
「あぁ、そうだ。良いことを思いついたぞー」
「……げ」
こんな状況で出される『良いこと』というのは、大概『悪いこと』なんだ。
知ってるぞ、俺は。
「あれを止められたら、次のテストの得点をプラスしてやろう」
「マジでかっ!?」
ヒューゴが再び席から立ち上がる。その様子を見て、先生が一瞬だけニヤリと笑ったのを見逃さなかった。……絶対に罠だ。
「おい待て! 騙されるんじゃない!!」
中庭では、既にヴァルターが倒されていて。
あたりが砂煙に包まれて、もはや戦場のようになっていた。
他の生徒が既に止めに出ているものの、あれに乱入しようだなんてもっての外。
……どんな報酬が出ようと絶対に嫌だ。
「むしろここは……大サービスで先月の小テストの点も倍に――」
「――っ!」
次の瞬間にはもう、窓ガラスが割られていた。
「飛び出したぁっ!?」
「待て待て待て待て!!」
お前の頭の中が『マジでかっ!?』だ。あんな爆心地みたいなところに突っ込むなんて、身の程知らずにも程があるだろ!
できれば放っておきたいところだけども――同じグループである以上、そういうわけにもいかない。巻き込まれる方の身にもなってくれよ!!
「こんなことに首突っ込んでたら、命がいくつあっても足りないって!」
「実は……おおおおお、おれの成績の方がヤバいんだ!」
着地するなり、ガタガタと震えだすヒューゴ。
まだ一年が始まって、数か月も経ってないだろ!?
よっぽど悪かったのか。そんなカミングアウトはいらねぇ。
それに――成績と引き換えだったとしても、この現状をどうにかするのは些か割に合わないと思うのだけれど。
「酷いな、こりゃあ……」
中庭は既に惨状と成り果てていて。あちこちの地面が抉れ、壁が抉れ。中央にあった大きな噴水は、原型を辛うじて留めているだけで、ボロボロに破壊されている。
その傍にいるのは一人の少女。向こう側を向いているので、表情は確認できないが、全体的な雰囲気からは疲弊したようには見えない。
足元には、完膚なきまでに叩きのめされたヴァルターの姿が。……あいつもこの学園で一年過ごしているのだし、並の魔法使いよりも強いはずなんだけど――
「…………」
……どこにそんな力があるのかは不明だけれど。
少なくとも“あの少女”には、迂闊に触れてはいけないことだけは理解できた。
「おい、お前! 俺の成績の為に、大人しくここで捕まってもらうぜ!」
「わぁぁぁっ! この馬鹿野郎!」
「あぁ゛……?」
キリキリキリ……と、ヒューゴに声をかけられた少女の頭が、180度回ってこちらを向く。その様子にゾクリと寒気が走り、毛並みが逆立つ。
前髪の隙間から不自然に光を放つ、真丸の赤い瞳が印象的だった。
まただ。こいつもヒトじゃない。
……今度はどんな魔物だよ。
こんな真っ昼間から襲撃に来たってわけか?
「『捕まれ』だぁ? 誰に向かってモノ言ってんだよ、えぇ、オイ」
唸るような声だった。声からしても、見た目通りに女であるのは間違いない。
――が、その圧が半端じゃなかった。
大型の獣に睨まれたかと思うぐらいに、声も視線も殺気立っている。
でも、言葉は話せるっ。意思疎通ぐらいなら――
「とってもとってもとぉぉぉぉぉっても親切なミル姉さんが――」
自分のことを“ミル姉さん”と名乗った彼女は――懐から小さな機石を取り出すなりこちらへと放り投げた。その魔力光の輝きはどこかで見たことがある。……そう、ちょうどアリエスの持ってるやつと同じタイプの……。
「なんだ……?」
「――っ!? 逃げろっ!! 爆発するぞ!!」
「てめぇらの頭ン中の緩んだネジを、締めてやるっつってんだよォ!」
爆音と共に、訳のわからない怒号が飛ぶ。
あっちも爆発の範囲内の筈なのに、なんで無傷なんだよ!
前言撤回。駄目だこの人。話が通じる相手じゃない。
ヴァレリア先輩並に無茶苦茶な存在を目の前にして、恐怖に
「……やれやれ、ここはボクが出るしかないようですねっ!」
「にはるん先輩!」
愛らしいモフモフ姿と、ときおり漏れ出る腹黒さのギャップで女子の心を鷲掴み。学年離れした知識でもって三年部のエースと謳われた、にはるん先輩じゃないか! 卒業せずに学園に残ることにしたんですよね!
杖をブンブンと振りながら、『さぁこれからショーの始まりだ』と言わんばかりに周りにアピールする先輩。
「まぁまぁ見ていなさい! こんなのサクっと――」
「戦場でンな悠長に駄弁ってんじゃねぇ!」
「
静から動までの、切り替えの速度が尋常ではなかった。自分の目でさえ、ついさっきまで、ふんぞり返っていたように見えていた。それなのに次の瞬間にはもう、にはるん先輩に肉薄していたのである。
「ちょっ、まっ、タンマタン――あふんっ」
「見敵必殺! 勝負が始まった時には既に終わっているっ!!」
大見得をきっていた先輩は、魔法を打つ前に吹き飛ばされてしまった。魔力に極振りし過ぎた先輩の唯一の弱点――それは言うまでもなく、フィジカル面。
大会形式ならまだしも、今のように合図もなく不意打ちをされたら……いや、今のは間違いなく先輩が悪いな。完全に油断してただろ。
「頼みの綱がさっそく戦闘不能じゃねぇか!! ……そうだ! キリカたちは――」
「キリカたちなら……学外に……依頼を……ぐふっ」
「せんぱぁぁぁぁぁぁいっ!!」
なんでこんなときに限って!
「ちくしょう! よくも先輩を……許せねぇ!」
「結局やるしかないのか……」
「そうだよそうだよ、さっさと構えろほらぁ。そいつみたいにぶっ飛ばすぞコラ」
凶悪としか形容できない表情で笑うと、ギザギザの歯がぎらりと覗く。
少女だなんて可愛いもんじゃねぇぞ。ヤクザじゃねぇか。
こんな状態じゃ、合図もクソもない。
まずは相手の動きについていける自分が飛び出して、注意を引きつけておかないと。なんとか隙を見つけて、ヒューゴが一撃入れるのを信じるしかない。
――と、その時。
「なぁんで、あんたらってのは静かに過ごせないのかしらね……」
「クロエ!?」
《特待生》代表と言わんばかりに、半吸血鬼の少女クロエ・ツェリテアが、大量のゴゥレムを引き連れて現れたのだった。
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