第百九話 『その名で呼ぶんじゃねぇ!!』
‟百騎兵団”の二つ名を持つ《特待生》。クロエ・ツェリテアが、棟と棟を結ぶ渡り廊下の屋根の上に立っていた。
「どうやってあそこまで登ったんだ?」
「あんなに大量のゴゥレム……。崩れて落ちないだろうな……」
そんな自分達の疑問をよそに、怒り心頭のクロエは襲撃者を指差す。
「
前々から、学園の何処かが壊れると不機嫌になっていたクロエである。今回は特に酷い状況だから、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。
指揮者のように両手を掲げるなり、一斉に飛び降りたゴゥレムたちが、あっという間にミルと名乗った襲撃者を取り囲む。クロエだけは屋根の上に残り、そのままゴゥレムを操るのに専念するらしい。
どこかで見た光景だな……というのは、チェス台のある“あの広間”での戦いのことで。高いところから見下ろすのは本人の趣味かと思ってたけど、そっちの方が全体を見渡しやすいからか。
「同じ様なのがゾロゾロ、ゾロゾロと……。おままごとでもする気か? あぁ?」
「散々踊った後に、もう一度同じことが言えるか聞いてあげるわ!」
大量のゴゥレムが一斉に剣を抜き、飛びかかっていく。
幾つもの剣筋が降り注ぐも、避ける素振りは全く見えない。むしろ脱力した様に、棒立ち状態のままで。このまま八つ裂きになるかというところで、ようやく相手が動き出した。
「遅っせぇなァ……」
そこからカクンと体勢を崩したかと思いきや、服を突き破って両肘から飛び出した鋭い刃が、器用にも全ての剣を受け止めていた。
「オラァッ!」
そして次の瞬間には、最も接近していた一体の頭部が一瞬で弾け飛ぶ。
続いて二体、三体と流れるように破壊されていくその様は、壮絶としか言いようがない。両手首の先からは魔力を打ち出しているみたいだし、刃は次々にクロエのゴゥレムを切り裂いていく。
「ちょっと、どうなってんのよ……!」
「三……四……五……六……。六体だけ動きが違うのがいるな? なぁるほど、術者が直接操ってんのか」
更には、常識外れのクロエの能力すらも看破していた。
その場から動かず。それでいて、全ての攻撃をいなしながら。
的確にクロエのゴゥレムを破壊していく。
……自分だったら、あれ程に動けるだろうか。
いや、無理だろうな。大きく動いて撹乱するタイプだし。
流石にあれだけ包囲されてたら、一度距離を置かざるを得ない。
本来なら、そういった選択肢をとる筈なのに――
「化物かよ……」
「中身がこんな量産品じゃあ、掠りもしないんだよ。チッ、わざわざ“本体”は狙わずにやってやったのに、これじゃあ拍子抜けだ」
数分もしない内に、クロエのゴゥレムは一体残らず残骸へと変わり果て。
襲撃者はその残骸の山の上に立ったまま、大きく溜め息を吐いた。
「はっ。なっさけないなぁ、人形使い。持ち駒がいなくなったら、成す術が無くなるものなァ。……お前も不合格だ――じゃあな」
魔力弾が一直線に放たれる。狙いは寸分違わずクロエの元へ。
マズいと感じ飛び出した瞬間に、新しい影が四つ降りてきた。
クロエへと当たる寸前、襲撃者から放たれた魔力弾は切り裂かれ、霧散する。
「……ゴゥレム使いを馬鹿にしたような発言が聞こえたんだけど?」
「身の程を知らない“人形”ね。大人しくバラされてくれれば――頭以外は大事に使ってあげるけど」
現れたのは、ゴゥレムを操る女子生徒と臨時教師。
二人共が同じ緑色のくせっ毛をしており、姉妹に見えなくもない。
「トト先輩――」
「ココさん!」
トト・ヴェルデとココ・ヴェルデ――
トト先輩のルロワ。ココさんのアルメシア。
言い方は悪いけども、クロエの量産型のゴゥレムとは何もかもが段違い。
これなら、目の前にいる“あれ”を止めてくれるに違いない。
「わわっ、ちょっと見てない間に凄いことになってるじゃない!!」
「クロエさん!? 大丈夫ですか!?」
「アリエス……ハナさん……」
二人も教室から遅れてやってきた。最初から大概だったけども、どんどんと騒がしくなってくる。これだけの戦闘があったのにも関わらず、相手に疲労が全く見えないのが問題点だろうか。
「それじゃあ――」
「大人しくしてもらおうかしら」
「オラ、御託はいいからかかってこい」
「――――」
まるで息を合わせたように、そっくり同じ動きで襲撃者へと飛びかかる。
肘の刃だけでは受けきれず、大きく後ろに飛び退く。
その手に表れたのは――長く鋭利な金属の爪。
「さっさとくたばれ!」
トト先輩が追撃しようとして、連携が崩れた。
至近距離まで詰めて、反応のし辛い隙のない一撃。
普通の相手ならば、そのまま一刀両断されていてもおかしくないだろう。
だけれど、まだその程度では追いつかないらしい。
「まだ、遅い」
「…………?」
ルロワの剣を確かに受けた筈なのに、その音だけが抜き取られたかのように、剣戟の音が聞こえなかった。カキンともカチャンとも鳴らず。極々控えめなシャリンという、金属と金属が擦りあわされるような音だけがそこに残る。
一瞬、なにが起きたのか分からず、トト先輩も言葉を失っていた。
「受け流すにしても、丁寧過ぎるだろ……!」
確かに見えた。相手の剣に合わせて、真っ向からぶつかるのではなく、上書きするように爪で剣の軌道を変えたのが。あれだけ乱暴に、無茶苦茶に戦っていたのが嘘と思える程に、静かで柔らかい動きだった。
「舐めた真似を――!」
「また不用意に突っ込んで――」
「筋は悪くない。が詰めが甘いんだよォ!」
鋭く突き出されたルロワの剣をそのまま掴んで、鋭い蹴りが右腕を跳ね飛ばした。これまでの動きを見ていても明らかだが、身体能力が軽く人間離れしている。
「そんな腑抜けた攻撃じゃあ――……っ」
反撃に出ようとした襲撃者の左腕が、半ばから“飛んだ”。
相手の視界からはルロワが壁になって見えていなかったのだろうが、アルメシアが続いて突っ込んでいたのだ。
振るわれた剣は、自分の目ですら認識するのがやっとの速度。あのしなるような動きは――ギリギリまで押さえつけられ、解放されたバネ仕掛けの様だった。
「そっちは囮よ」
「勝手に囮にしないで」
意見が割れてるんですけど?
「孫が献身的でとっても嬉しいわ!」
「
「――ほぉ」
鋭い一撃を受けた襲撃者は、負傷した右腕に過剰に怯むこともなく。即座に飛び退き、中央にあった噴水の上に着地して小さく嘆息した。
「少しは骨のある奴もいるじゃないか――」
殆どの生徒が避難を終え、残っているのは自分たちだけと思いきや――他のグループの連中まで出てきている。……中には、あの“ペンブローグ”もいた。
「あの娘ってまさか……
アリエスが呆然とした様子で呟く。
グランディールというと、機石を核にした
「流石に、この面子を相手するのはキツいんじゃない?」
「……観念することね」
一触即発。そんな状況の中で――『ピー! ピー! ピー!』と電子音(?)が鳴った。
「……なんだ!?」
「……あ゛ぁ? ピーピーピーじゃあねぇんだよ……!」
そう言って、胸元から何かを取り出した。
……ペンダント? どうやら、あれも
もしかしたら、これ以上こんなのが増えるのか?
「五月蝿ぇ! なんだよ! 知ったことかァ!!」
けたたましく鳴り続けるそれを、そのまま握り潰してしまった。
「アタシぁ今、絶賛戦闘中なんだ! ここがアタシの居場所なんだよォ!!」
「いいのかよ、おい……」
あれで何かを思い出したように帰る、みたいな奇跡でも起きないだろうかと考えていた矢先に、ずしりと背中に体重がかけられた。
「全くもう……。五月蝿いったらありゃしない。なぁ、テイル。五月蝿いよなぁ、これ。んふふふ……」
「重っ……!? ヴァレリア先輩!?」
なぜかヴァレリア先輩まで、中庭にまで出てきている。というか、思いっきり背中にのしかかって体重をかけてきていた。
「人が気持ちよく寝ていたのにさぁ。安眠妨害は犯罪だよ、犯罪。そうは思わないか? んふふふ……うへへへへへ……」
「耳元で怪しい笑みを漏らさないでください」
寝起きからへべれけって、もう勘弁してくれ。
トト先輩とココさんが左腕を破壊した以上、これ以上事態が悪くなることはない筈だけど――こんな状態でいるのは、向こうが襲いかかってきたらと思うと落ち着かない。
「今それどころじゃ――目の前に、その“犯罪者”がいるんですよ!」
「――っ」
それは先輩だって同じ筈なのに……。
襲撃者の存在に、言われて初めて気がついたようで。
「……ミルクレープじゃないか」
そう、ポツリと呟いた。
……ミルクレープ?
もしや襲撃者の名前のことを言っているのか?
そういえば、本人が“ミル姉さん”と名乗っていたし、その可能性が大いに高いのかもしれないけれど――なんとも甘そうな名前だった。
「ミルクレープって名前なんですか? あれ」
「あー……。気をつけろよ、テイル」
「お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉぉぉぉい!! 今なんつったテメェ!!」
呼ばれたミルクレープとやらは、先程までの余裕ぶった態度が無くなり、鬼のような形相でこちらを見ていた。
「何で!?」
「何処の誰とも分からねぇ奴が――アタシをその名で呼ぶんじゃねぇ!!」
「とまぁ、フルネームで名前を呼ぶとキレる奴なんだ」
「分かっていて、なんで呼んだ!?」
その名前にコンプレックスがあるのか、彼女の目が一層激しく光った気がした。
左腕の肘から先がガチャリと外れ、案の定こちらへと標準を定めていた。
次の瞬間、噴水の上に立っていた筈の姿が消える。
「なっ――」
「疾いっ!?」
にはるん先輩を軽く吹き飛ばした時の速度を、優に超えていた。自分ですらその影を追うので精一杯で。トト先輩とココさんが操るゴゥレムの足元を一瞬で抜け、自分が声を上げるよりも早く、鋭い爪が視界に映った。
「――――」
「――おっと」
肘から鋭く伸びた刃を、ヴァレリア先輩は腰に提げていた短剣で受け止めていた。
……ほ、他でもない、俺の目と鼻の先で。
あと数センチ? 数ミリ?
やばい。本気で死んだかと思った。
「危ないにゃあ。大事な後輩に傷が付いたらどうしてくれるんだ」
そうして刃をいなすその挙動は――先程のミルクレープと全く同じ。
音もなく、右へ左へと爪が避けていく。
「テメェ、なんでアタシの技をそっくりそのまま使える?」
「――っ」
一瞬、先輩が息を呑んだ。
……驚いているのは相手の方だろう? なんで先輩の方も?
「……そっちができることは、私にだってできるさ。なぁ、ミル」
先輩がゆっくりと自分から離れ、一歩二歩と前に出る。
――心臓がバクバクと鼓動していた。緊張で息が浅い。混乱している中でも、今起きていることをしっかりと見ておけと脳が訴えている。
それは先程まで、命の危機に瀕していたからじゃない。
……こんな状況など、今まで無かったからだ。
ありそうで無かった事態が、目の前で起きているからだ。
「ここからは私が相手してやるさ。なぁに、退屈はさせない」
これまで魔法しか使っていなかった先輩が――
「先輩が――剣を……抜いた?」
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