第23話 男子
広場に叫び声が響く。
俺と魔王の声が重なり、極光と深淵の闇が2人の間でぶつかる。そのどちらもが相手に飲み込まれるのを拒むように、中央で拮抗している。ぶつかり合う光と闇からは雷が落ちているような、バチバチと帯電した音が鳴っている。
500年前には無かった攻防に俺はヒヤリと感じるものがあった。
あの時のこいつは桁外れの腕力と、魔物を使役する能力しかなかった。これだけでも十分世界の危機ではあったが、今では勇者の真似事までできるようになっている。例えここでこいつを退けることに成功しても、次の500年後にはどんな力を得て戻ってくるのか想像もつかない。
俺も次の500年後は生きてはいまい。この戦いはここで、必ず終わらせなければならない。……どんな手を使っても。
「考え事をしている余裕がおありですか?! もっとこっちを見てくださいよ!」
「……くぅっ!」
聖剣の光が、少しづつだが確かに魔剣の闇に押されてきた。拮抗していたのもわずか、出力では向こうの方が上だ。
「さあさあ、本気を出してくれないと終わってしまいますよ! これではあまりに簡単すぎるでしょう、勇者さん!」
奴の言うとおりだ。このままでは確実に押し負ける。俺の後ろにはあいつが、アンジュがいる。絶対に負けられない。
俺は目を閉じ、念じた。聖剣が応じてくれたなら、あいつもきっと…。
ジェーンが一番にそれに気が付いた。身構えながらも、俺に向かって叫ぶ。
「リオンさん! 鎧が、聖鎧が光に!」
「……!」
光の球となった聖鎧は俺の頭上に留まると、ゆっくりと俺を包み込んだ。次の瞬間、光は鎧へと再び形を変え、持ち主の身を守る元の姿に戻った。ディムの店で聖剣と共に飾りとなっていた鎧。そしてジェーンが魔王に渡すことを拒み、守った鎧だ。
聖鎧は眩いほどの光を見せ、俺を力強く包み込んでくれた。
聖鎧の持つ回復効果によって魔王にえぐられた肩の傷が、みるみるうちに治っていく。
その瞬間、聖剣は輝きを増し、光の奔流はより太く力強いものになった。聖剣と聖鎧は2つで1つ、揃うことで本来の力を発揮する。
押し負けていた極光が徐々にまた拮抗していた状態へと戻っていく。そしてわずかだが闇を押しのけて魔王へと迫っていく。
魔王はさも嬉しそうに鎧姿の俺を一瞥した。
「聖鎧も身に付けましたか。これでようやく、お膳立てが整いましたねえ」
「楽しそうな顔しやがって。そんなに500年前の続きがやりたいのか?! せっかく生まれ変わったんだ、他にやることなんていくらでもあるだろうが!」
「…そんなものありはしませんよ! 私がやりたいことは、あなたとの殺し合いだけです。そして、勝つのは私だ!」
魔王はその叫びと共に、更に魔剣の出力を上げてきた。
「……私の魔剣は私の体からできている。あなたのちぐはぐな聖剣と違って、いくらでも、自在に、私の望むままにその力を振るえるんですよ!」
「ぐ、うううう…!」
信じられない。すでに俺も聖剣も全力だ。それでも悔しいがまだ向こうの方が力が上、じりじりと体が押されていく。このままでは押し負ける。俺は死ぬ。アンジュも、ディムも、ジェーンも、この街もすべて…。500年生きてきた結果がこれなのか?! 何か、何かきっかけさえあれば……。
歯を食いしばって魔王を睨んだその時、誰かが俺の横に飛び出た。ジェーンだ。
「はぁっ!」
ジェーンは俺の後方から魔王に向かって、持っていた兵士用に支給された剣を投げつけた。勢いよく投げ出された簡素な剣は、失った右腕があった今はぽっかりと口を開けた肩口へ深々と突き刺さる。
それと同時にほんのわずかではあるが、魔剣の勢いが陰りを見せた。俺は何とかその隙をついて、拮抗するところまで態勢を立て直すことができた。
魔王は一瞬苦々しい表情を浮かべた。この戦いの中で初めての、笑み以外の表情だった。そしてすぐにその顔は怒りの色で塗りつぶされた。
「私たちの邪魔をするなよ……、下等な人間風情がぁ!!!」
魔王はそう叫ぶなり、闇の奔流から一筋の闇をジェーンに向かって走らせる。ほとんどの出力を俺に向けているとはいえ、その一閃は無防備な兵士1人を殺すにはあまりに過ぎた威力だ。俺は闇の奔流を受け止めるので精いっぱいで、ジェーンへのケアが一瞬遅れた。
次の瞬間、魔王とジェーンの間に立ちふさがるようにディムが割って入った。
ディムは盾を構えて魔剣の一撃を受け止めるが、闇は勢いを止めず、盾を砕かんとばかりにその身をぶつけ続ける。
「くううう……!」
「ディム?! 私のことはいいから、早く逃げて!」
ジェーンは狼狽しながらディムに向かって叫ぶ。そんな声を遮るようにディムも叫んだ。
「いいわけ、ないだろ! ジェーンこそ早く逃げるんだ、もう店の財がなくなる! ものすごい勢いで減っているんだ!」
「私は兵士よ! この街を、国を守る兵士なの! ここで死ぬ覚悟はできているわ!」
「兵士の前に、僕にとっては……! 愛してるんだ! 絶対に死んでほしくなんかない! 絶対に守ってみせる! 君は―――」
その瞬間、ディムの盾は音をたてて真っ二つに砕けた。ようやく邪魔なものを排除したと、闇はディムを襲う。ジェーンの声が広場にか細く上がる。
「……ディム!」
「か、カッコくらい、つけさせてよ……。こう見えて、男の子なんだからさ……」
ディムはジェーンの肩を掴んで、自分を襲う闇の射線から彼女を突き飛ばした。
同時に闇はディムの体を貫き、消えた。
1人の商人が、最後に見せた意地と引き換えに。
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