第21話 覚醒

 俺は聖剣を一瞥しながらも、意識を目の前の魔王に向けて駆けだした。たとえ無駄でも今の俺にできることは、こいつを思いっきりぶん殴ることだけだ。

 

「やれやれ、まさかの徒手空拳とは。条件は揃っているのになかなか難しいものですね、頑固者を相手にすると」

「何をブツブツと言ってやがる。……殴られてせいぜい舌でも噛みやがれ!」


 俺は勢いそのまま渾身の力を込めて殴りつける。右頬にめり込んだ拳はしかし、魔王にはなんのダメージも与えられてはいないようだ。

 魔王は自分の右頬にクリーンヒットした俺の拳を掴むと、うんざりとばかりにため息をつく。


「リオンさん、あなただってわかってるんでしょ? 私を倒せるのは呪われた武具でも、生身の攻撃でもない。この世で聖剣ただ1つだけだってことを」


 そんな物分かりの悪い人にはお仕置きです、と魔王は俺の拳を握りつぶさんとばかりに左手に力を籠める。腕が折れそうになる締め付けに思わず顔が曇る。

 そして残された右手の爪を、ズブリと俺の左肩に突き立てた。爪は容易く皮と肉を引き裂いていく。


「ぐ、うううっ……!」

「あまり情けない声を出さないでくださいよ。楽しくなってつい、力加減を間違えてしまいますよ」


 魔王は笑いながら俺の肩を掻きむしる。


「まあ、私の血の効果でもう少しくらいは生きていられるでしょうから。ちょっとくらい壊してしまっても、きっと大丈夫でしょう」


「……やめなさいよ、アンタ一体何がしたいのよ!」


 アンジュはよろよろと歩き、魔王の腰にしがみついた。もはや立っていることもできない彼女を見て、魔王は虫を見るかのような目で呟く。


「やれやれ、500年前と一向に変わりませんね。こうして邪魔な虫が私たちの間に飛び回って、鬱陶しいったらない」


 魔王は俺の肩から爪を抜き、今度はアンジュの首を掴んで無理やり引きはがす。そのままアンジュを持ち上げ、宙づりにした。細い彼女の首に爪が食い込んでいく。


「う、あああ……」

「やめろ、そいつはもう戦える体じゃない!見逃してやってくれ!」

「んー?かわいい教え子が殺されるのが惜しいのですか?いやはや、そんな甘い顔はあなたらしくもない。あの時のような鬼の形相が見たいんですがねえ」


 魔王は徐々に首を絞める手に力を籠める。まるで簡単に首を折ることも、両断することも可能だとばかりに。


「だ、大丈夫だよリオン。こんな奴にあたし達は、絶対に負けたりしない。……あたし達、最高のコンビなんだから。……うう!」

 

 さえずるな虫が、と魔王はさらに手に力を加えていく。

 俺には、何もできない。

 また大事なものを守れないで、見ていることしかできない。

 悔しさで頭がチカチカする。

 教え子1人守れないで、何が勇者だ、何がメンターだ。

 目の前の魔王を止めたい。この馬鹿げた戦いを今すぐ停めたい。

 アンジュの目から涙がこぼれる。

 頭が、真っ白になった。 


「おおおおお!」


 アンジュの腰の聖剣から光があふれ、一筋の光が走った。光は魔王の右手を切り落とし、俺の手に収まった。500年ぶりの感触が、驚くくらい手になじんだ。手のひらを焼くように、熱い感触があふれる。

 金属の塊が、光の奔流となって俺の手の中でこぼれるほどの輝きを放っている。


「ふふ、ようやく抜けましたか」


 魔王は両断された痛みを意に介していないかのように呟く。満足そうに俺のことを自由にした。

 

「おいアンジュ! 大丈夫か……?!」


 アンジュは魔王の支えを失い、そのまま崩れ落ちそうになる。俺はアンジュを抱きかかえ、呼びかける。小さく開いた唇からは、微かだが確かに呼吸がまだ続いている。

 魔王は手を広げ、声を上げる。プレゼントを待ちわびていた子供が、ようやく手に入れたかのような無邪気さだ。


「さあ、始めましょう! 私とあなたの殺し合いを! 500年前の続きを!」


 俺は手の中で光り輝く聖剣に目をやる。久しぶりに会う相棒はあの頃と全く変わらず。……むしろ変わったのは俺の方。

 500年の間にかけがえのない相棒ができた。こいつは無鉄砲で突拍子もないやつだ。でもこいつだけは絶対に守り通したい。そのためなら、何だってやる。


(……本当にいいんだな?)


 俺は聖剣に語り掛けた。問いに答えない変わりに、剣は一層の輝きを見せた。俺はそれに強く背中を押された気がした。それだけで十分だった。

 任せろ、と言ってくれたような気がした。

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