第20話 決戦⑤ ~回想~

「ほら、そこに。とっておきのがあるじゃないですか?」

 魔王は心底楽しそうにアンジュの腰に納められた聖剣を指でさす。俺はその金属の塊を見る。こいつを見てると陰鬱な気分になる。500年前のことを思い出してしまうから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「はぁっ、はぁっ、ぐ、ううううう…!」

 手に光る聖剣は深々と魔王の肩口から心臓にかけて、袈裟切りに食い込んだ。傷口から出る赤黒い血液が、まるで全開にした蛇口のような勢いだ。

 俺の口からは切れる息と、獣じみた嗚咽がこぼれる。

 魔王は致命傷を受けているにもかかわらず、楽しそうに笑う。それが断末魔であってくれと俺は願った。

「ふ、ふふふ、おめでとうございます」

「……何がだ」

「これであなたは名実ともに英雄、勇者の類になるわけです。悪逆の限りをつくす私のような魔物を、世界から救ったまさに救世の勇者」


 俺はそんなことはどうでもいいとばかりに後ろに目をやる。俺の後ろには、この戦いで散った仲間たちの亡骸が道を作っていた。


「勇者とか英雄とか、どうでもいい。俺たちはそんな呼び名が欲しくて戦ったわけじゃない! 平和な日々が送りたかっただけだ、平和な一日を大切な人たちに送ってもらいたかっただけだ……」


 そう、誰よりもそれを願った奴らだった。そしてそれを願って死んでいった。どうして、生き残っているのは俺だけなんだ。俺だけがどうして今も立っているんだ。

 魔王は死にかけているはずなのに涼し気に俺の目を見る。


「いいじゃないですか、事実あなたは私を倒した。これで少なくとも明日から死ぬ虫けらの数は劇的に減ることになりますし」

「……貴様ぁ!」

 

 俺は聖剣を握る力をさらに込める。剣が少しづつめり込んでいく。手に伝わる固い感覚が頭を熱くさせる。だが心はとても冷静にその行為を俯瞰している。


「ぐふ……、そういう顔もできるんじゃないですか。どちらが魔物か分からないですねえ。……平和な日々ですか。本当にそんなのが続くんでしょうか」

 

 魔王は胸からこぼれだす血液を一掬いすると、それを俺の口に突っ込んだ。


「がぼっ!な、何を……!」

「ふふ。これで、あなたは死ねなくなりました。100年、いや何百年か。呪われたその身で、ゆっくり平和な世界とやらを見物するのがよろしいでしょ、う……」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 魔王はそう言い残し、膝を着き絶命した。

 俺はその後、死んだ仲間たちに魔王の血を飲ませたが誰一人生き返ることはなかった。

 だが、魔王の言っていたことは間違いではなかった。それから俺は歳を取らなくなった。いや、歳は取った。余りにもゆっくりと。最初は皆が祝福してくれた。勇者バンザイ、英雄バンザイと。これでこの世は何があっても大丈夫だと。

 俺は虚しくなって国に帰った。誰一人として死んだ仲間たちを悼んでくれない空気に耐えられなくなったから。

 だが帰った先でも、王室は俺を手元に置いた。圧政に苦しむ民衆の心を握るための旗印にした。俺はうんざりして国も捨てた。勇者が雲隠れし、魔王も消えた世には人間同士の争いだけが残った。

 ある時は大国が小国を搾取し、それに耐えかねた蜂起が。またある時は大国間の領土の奪い合いが。

 そこで犠牲になるのはいつも小さな力すら持たない人々だった。魔王がいなくなっても平和な日々は彼らにはやってこなかった。

 初めはそんな争いは馬鹿げていると仲裁に入った。どこからともなく現れる勇者の姿に国々の長は内心舌打ちをしただろう。何度目かの仲裁の折、俺と俺の聖剣が持つ力が軍事力としてあまりに大きすぎると非難を受けた。


(一個人が持つにはあの力は大きすぎる!)

(勇者がいる限り、我々は民と土地を守るために軍を拡大し続けねばならない!)

(勇者は即刻聖剣を世界に返すべきだ!)


 そんな声が充満しだして、俺は落胆した。そして言われるがまま聖剣を捨てた。その直前には俺には聖剣を抜けなくなっていたから、いっそちょうどいいとさえ思った。

 国を捨て、剣を捨て、俺は放浪した。


 身勝手に世界を救い、そして身勝手にそれを投げ出した俺に、聖剣は愛想を尽かしたのだ。

 今また世界を救ってみせろと魔王は言う。その剣を使って。

 だが俺には抜けない。

 この世界に背を向けた俺には、あの剣を抜く資格はない。


 だから俺は、素手で魔王に殴りかかることにした。 

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