第16話 決戦

「ディムの言うとおりだ。悪いがジェーンを差し出すなんていう交渉は、無かったことにしてもらおうか」


 俺はディムの背中を見ながら言う。

 俺たちの横では、長がなにやらわめいているが、もうここに至ってはそんなことは関係ない。後は俺たちがどこまでやれるかだ。そのための準備はしてきた。


「ようこそ、リオンさん。来るのかどうかと思っていましたが、来てくれたんですねえ」


 魔王は喜色満面に俺を迎える。これがお前の予想通りなら腹が立つが、まあ仕方ない。それでもやることをやるだけだ。魔王はそのまま言葉を続ける。


「それでも、今のあなたでは聖剣を抜けはしない。一体どうやってこの窮地を脱しようというのでしょうかねえ」


 魔王が手を挙げると、付き従うドラゴンが一斉に吠える。その数およそ30頭。とてもではないが、一街の兵団では太刀打ちできない。それこそ、複数の街が兵力を総出にしてようやくだろう。彼我の戦力差は圧倒的だ。それでも覚悟は決めてきた。


「……やっておしまいなさい」


 魔王が手を突き出し、配下のドラゴンに指示を出す。その合図を受けるや否や、ドラゴンたちは殺到する。牙をむき出しにし、俺を八つ裂きにしようと距離を詰める。


「……リオンさん!」


 分かってるってディム。俺はゆっくりと背中に担いでいた包みを解く。そこから取り出すは2つの手甲。血の色よりも紅く、どす黒い色の手甲をはめ、俺は深呼吸を1つする。その手甲はまるで鬼が口を開けているかのような造形をしている。

 敏捷性の高いドラゴンが一頭、一番槍のように先駆ける。狙いは俺の首。噛り付き、引き裂き、その身を喰おうとなだれ込む。


「はあッ!!」

 

 俺は全身の気を籠めて、右拳を突き上げる。カウンターで俺の拳を顎に喰らうはめになったそのドラゴンは、頭蓋を綺麗に吹き飛ばされて絶命した。世界一の硬度を誇るドラゴンの頭蓋を吹き飛ばすか。俺もこの手甲の威力に舌を巻く。試し打ちはできなかったがこれなら上出来だ!

 魔王もその威力を訝しんだか、苦々し気に眉間にしわを寄せる。


「その妙なおもちゃは何ですか、リオンさん?」


「ああ、こいつか? こいつはお前が500年くたばってる間に作られた呪いの逸品だよ。使い手の命を吸って威力に変える、鬼の手甲さ。聖剣並みとはいかないが、トカゲ共を相手にするには充分そうだ」


 あの日、ディムの首根っこを掴まえて帰った日。俺たちはディムの店をひっくり返してこの手甲を見つけた。ディムの父、祖父、そのまた先代にまでさかのぼっての迷品だ。この手甲を使ったものは一撃でその命を吸われて死んだと、当時の文献にはあった。

 だが、こちとら魔王の血を飲んだ身だ。鬼ごときに吸いきれるような、柔な寿命じゃない。俺は手甲を目の前で組み合わせると、ドラゴンの群れに飛びかかった。

 一頭、また一頭とその頭蓋を吹き飛ばす。

 ドラゴンは信じられないものを見るように、皆一様に後ずさりする。

 魔王は忌々し気に配下のトカゲを見ると、指示を出す。


「ならば、リオン以外の人間を八つ裂きにしてしまいなさい!」


 ドラゴンたちは、それならばとジェーンのもとに殺到する。だが、駄目だ。そっちにも覚悟を決めたやつがいる。


「やあああ!」

 

 気合と共に、盾を突き出し、ドラゴンの牙を防ぐディム。彼の体躯は細く、とても巨大なドラゴンの攻撃を受け止められるとは思えない。だが、実際にディムは受け止めた。そして背中の後ろにいるジェーンを守り切った。

 ジェーンはまるで信じられないものを見たかのように、ディムに尋ねた。


「ディム、一体どうやって」


「これも呪われた逸品さ。所持者の財産を消費して、守護を与えるいわくつきの盾なんだ! 僕はね、店をたたんできたんだよ! 500年、ご先祖様と僕たちが蓄えてきた財を、消費しきれるものならやってみろ!」


 攻めと守りは上々、対等までもってこれた。あと残る不利はただ1つ。数だ。

 魔王もそれを感じ取ったのか、俺の前に立ちふさがる。そしてドラゴンどもはディムの前に殺到している。


「あなたをここにくぎ付けにして、その妙な盾の効果が切れるのをゆっくり待つとしましょう」


 魔王はまだ自分たちの圧倒的有利を正しく把握している。このままいけば、ディムの店の金庫が空になり、その瞬間盾はなんの攻撃も防げなくなってしまう。


「そう、このままいけば……な」


 俺はニヤリと笑いながら後ろを見る。

 街の方から、俺たちの最後の一手がやってきた。

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