第17話 決戦② ~再開~
長かった。
本当に長かった。(まるで1年と4か月が過ぎたような気さえする)
俺は深呼吸を1つ、大きく吸い、空気を吐いた。手にはめられた呪いの手甲に目を落とす。
装備している呪いの手甲にも限界がある。命を吸い続ければ、酷使すれば、摩耗し、いつかは壊れるだろう。現に手甲は少しづつ小さなひびが次々と生まれている。
俺の命にも限界がある。今の状態でどれだけ魔王の血の効果があるかは分からないが、これも有限だ。
ディムの盾も、刻々と店の財を消費していく。このままではジリ貧。まずはディムが倒れ、次は俺めがけてドラゴンが大挙。寿命が尽きて街も守れず、あのくそったれ魔王の勝ち。
げらげら笑いながら手当たり次第に、次の暇つぶしの相手を探すのだろう。奴の通った後には誰も生きてはいないだろう。
そんな最悪な想像を振り払い、俺は魔王を一瞥する。
魔王は涼し気に視線を受け止めながら口を開く。
「こうして話をするのも501年と4か月ぶり。そんな怖い目をしないでくださいよ、リオン」
「今すぐおとなしく帰ってくれるなら楽しくおしゃべりする用意があるぜ」
魔王は嬉しそうに笑った。
「お断りしますよ。あともう少しであなたたちは全滅。すべてを失ったあなたの絶望する顔が見られるのに、そんな最高のショーを諦める理由がありません」
いい性格は相変わらずだな。そして悪い性格も相変わらずだ。
「生まれ変わってもその性格は変わってないな。すぐに余裕ぶってよ。……まだまだ全滅には遠いみたいだぜ?」
俺は背の方へ視線を投げ、顎をくいと上げて魔王に意識を促した。その先には怒声がまるで地鳴りのように向かってきている。
「あれは……?」
魔王は信じられないものを見たかのように目を細める。
何十、いや100や200ではきかない冒険者たちが、波のようにドラゴンへ大挙していく。トカゲたちも突然現れた敵の増援に浮足立っている。
幾重にも重なる剣や槍、弓の波状攻撃に、ドラゴンたちは徐々に敗走していく。
俺は魔王の控える広場に向かう直前、アンジュにお使いを頼んでいた。
それはディムの店の武器の在庫をすべて空にすること。
アンジュは街を離れようとしていた冒険者たちに手渡し、時には檄を飛ばし、すべての武器という武器を彼らに配ったのだ。
だがそれだけでは彼らは動かない。勝つ算段がなければ無駄死にだ。それでもアンジュは武器を渡し続けた。冒険者たちは馬鹿じゃない。それでも必死に今の状況を変えようとするアンジュの姿に何かを思い出していった。
初めてモンスターと対峙したときのこと。理不尽な暴力から大切な誰かを守り、自分を守り、そのために戦うしかなかったという日々のことを。
そして1人、また1人と店の中から武器や防具を手に取り広場へ向かっていった。いつしか10人、50人、100人と津波のように増えていった。
「リオン! お待たせ!」
「タイミングばっちりだ、よくやったな!」
俺は手を上げ、アンジュとハイタッチをした。触れた手の柔らかさ、暖かさを思う。必ず守り抜く。決意を再確認する。何をしてでもアンジュを、この街を守り抜いてみせよう。
そして改めて視線を魔王に戻す。
視線の先の魔王には笑顔などなく、その目には明らかに憤怒が見て取れた。
混乱していく手下たち。勢いづく人間。得意げな仇敵。そのすべてが気にいらないのだろう。
「なあ、もう止めにしないか」
俺はついそんな提案をしてしまった。
魔王の顔が、まるで自分の思い通りにいかないことに腹をたてる、子供のそれに見えてしまったからだ。
その提案に対して、奴は歯ぎしりで応えた。歯が砕けそうなくらい、強く強く噛んでいる。
「イラつきますね。……気に入らない。……ゴミが徒党を組んで得意げになりやがって!」
「口調が変わってるぞ」
そのくらい怒髪天なのだろう。
魔王は深呼吸をし、冷静さを取り戻そうとした。そして俺は奴から目をそらした。その両手の鋭い爪で、奴は全身を掻きむしり、斬りつけ、大量の血を流し出したからだ。
そして魔王は静かに、だが暗い声で、敗走していく配下のドラゴンたちに固く命じた。断れば即殺す、という気迫がドラゴンたちに伝わっていく。
「吸え……!」
ビク、とドラゴンは身じろぐがそれも一瞬。数十頭のドラゴンが魔王に殺到する。その長い舌で貪るように、一滴たりとも残さないように魔王の血を喉に流し込む。何日も水を飲んでいないかのようにドラゴンの勢いは狂気じみていた。
そうして出来上がったのは、不死竜の軍団。
どれだけの剣も槍も弓も、もはやその命を奪うことは叶わないだろう。
不死竜は一頭、また一頭と翼を広げて冒険者たち目掛けて攻撃する。ある者は爪に裂かれ、ある者は牙に貫かれ、1人また1人と命を散らされていく。
地獄絵図。
ずっと昔に見た。どんなに忘れようと思ってもできなかった。その既視感のある地獄に俺は自分の体が冷たくなっていくのを感じた。
血を流しながらげらげらと笑う奴の声が心底、耳障りだと思った。
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