第14話 覚悟

 俺はディムと共に、長の城へ駆けつけた。

 城の中庭は、すでに聖剣を見に訪れた冒険者やその家族で溢れかえっていた。皆、口々に聖剣はどこだ、早く見せろと言っている。

 魔王を打倒する聖剣を再び抜いたのはいったい誰なのだろうか。ディムに聞いても、「私は長にリオンさんを呼ぶように言われたので、まだ知らないんです」とのことだった。

 ギャラリーの一番外側で推移を見守っていると、城の中からのっそりと長が現れた。長の傍には兵士団長とジェーンが付き従っている。

 長は中庭に集まった人々を見回すと、大きな声で高らかに告げた。


「ノックスの民たちよ、そして勇敢なる冒険者たちよ!皆に知らせたいことがある!今日、ここに、魔王を倒しうる聖剣に選ばれた者が現れた!それを皆に紹介したい!」


 ギャラリーからは、おおおお、という声が上がる。皆一様に興奮し、目を輝かせている。ディムも一体選ばれたのは誰なのかと、首を長くしている。


「紹介しよう!聖なる剣に選ばれたのは、我らが街の誇り!我らが兵士団に所属するジェーン団員である!」


 長の言葉と共に、ジェーンはギャラリーへと一歩歩み出て、手を振る。確かにその腰には純白の鞘が携えられている。

 そして、挨拶が終わるとジェーンは腰の鞘に手を伸ばし、皆の前で剣を抜いてみせた。目の前で颯爽と純白の刃が抜かれ、周囲には興奮と感嘆の声が上がる。

 長は満足そうに頷くと再び高らかに宣言した。


「これより、聖剣の持つ威力を皆に見せようと思う!この世で最も硬い生物、ドラゴンの試し切りを行う!」


 言うや否や、城の奥から中庭へ一頭のドラゴンが連れ出される。猿ぐつわを噛まされ、何本ものロープで引きずり出されたドラゴンは弱弱しく地面に伏せた。周囲には微かに甘い匂いが立ち込めている。

 長が兵士団長に合図を送ると、団長は右手を天に挙げてジェーンに指示を出す。

 ジェーンは両手で聖剣を構え、天に向かって突き上げる。


「はあああ!!」


 裂帛の気合と共に、聖剣を地面に叩きつけると、剣戟が波打つようにドラゴンの元へ走った。剣戟は爆発と共に、ドラゴンを頭から尻尾まで両断にした。

中庭には爆発による白い煙がもうもう立ち込め、それを見た街の人々は安堵と歓喜に沸いた。


「「やったぞ、これでこの街は助かる!ノックス万歳!ジェーン万歳!」」


 その声援に答えるように、ジェーンは剣を鞘に戻すと手を振りながら城の中へと消えていった。

 入れ替わるように兵士たちが10人ほど現れ、ドラゴンの死体を城の中へと運び込む。そして長は満足そうにジェーンを見送ると、街の人々へ向けて宣言した。


「見ての通りだ、街の人々よ!2日後には、ジェーンが見事魔王を打倒してくれるだろう!安心して欲しい!そして2日後は皆屋内に避難していてほしい!決して外へ出ることがないように!」


 そうして、長も兵士団長と共に城の中へと消えていった。

 ギャラリーたちは興奮冷めやらぬ様子で、なかなか解散しようとしない。ただ皆同じように、安堵した表情を見せている。これで安心だと。


 俺は奥歯を嚙みしめると、ギャラリーたちをかき分けるように突き飛ばしながら城へと向かった。ディムは驚いたように俺の後ろをついてくる。


「い、一体どうしたんですか、リオンさん! ジェーンたちの所に行くんですか!?」


「ああ、そうだ! アイツらに、ひとこと言ってやらないと気が済まない!」


 俺たちは急いで長を追いかける。城の中に入ると、すぐに追いつくことができた。長たちは階段で2階に上がったところだった。俺は1階の踊り場から大声で呼び止める。


「おい! 今のは一体どういうつもりだ!」


 長は不満そうな顔を隠そうともせずに、俺に振り返って答える。その眼はまるでゴミか何かを見るように俺を見下ろしている。


「どういうつもり、とは? 見ての通り、ジェーンさんが聖剣を抜いてくださったのです。……これでなんとか街は焼かれずに済むでしょう」


「――偽の聖剣と使い手を渡せば、この街は焼かれないって話でもつけたか?」


 交渉上手なことだな、と俺は吐き捨てる。

 ディムは驚きを隠せず、俺と長とに問いかける。


「に、偽物って。今の聖剣は紛い物なんですか!? ドラゴンを切ったのは!?」


「あれは俺とアンジュが遭遇した森のドラゴンだ。片目が潰れてたのでピンときた。あれは俺のダガーでついた傷だ。……真っ二つになったのも、魔王に裂かれて最初からそうなっていたのを縫いとめたか、中で人間が抑えて演じていたかのどちらかだ」


 長は忌々し気に俺を罵倒した。


「それの何が悪い! 本来の使い手はすでに剣に見放され、街は廃墟と化そうとしている! この街の長として、それだけは絶対に避けなければならないのだ!」


「そのためなら、生贄もやむなし、っていうのか?」


俺たちの会話が聞こえていたのか、2階の奥からジェーンがやってきた。彼女の腰には、もう剣を帯びてはいなかった。


「あんまり長を怒らないでほしい。これは私が望むところでもあるのだから」


「お前、1人で死ぬ気か?」


ディムは階段を駆け上ると、ジェーンの手を握って訴えた。


「ジェーン! 駄目だよ、そんなの! そんなことをしても君が無事では済まないじゃないか!」


「それでもだよ、ディム。それでもこの街は助かるんだ、長が魔王と交渉してくれた。私1人の命で済むなら、私はそれで満足だ」


 ディムは首を何度も降って、ジェーンの言葉を否定する。その顔はすでに憔悴しきっている。


「駄目だ! そんな風に君がいなくなったら、僕は一生後悔する! 嫌なんだ、なんとか皆で生き残る方法を考えよう!」


 長はそんなディムの言葉を鼻で笑った。今更おとぎ話のようなことが起こるわけはないと。


「ありがとう、ディム。でももう決めたんだ」


「ジェーン……」


 俺は2人を見ていられなくなった。こうしてまた1人、聖剣の名のもとに人が死のうとしている。それを止めることができない自分に嫌気がさしてきた。


「ディム! 帰るぞ!」


「……そんな、リオンさん! ジェーンをこのまま行かせるんですか!?」


いいから、帰るんだ!と、俺はディムの首根っこを摑まえて歩き出す。

死にたい奴は放っておけ。

生贄を良しとするならそれも、もうどうでもいい。

生きたくても生きられなかった奴がいた。

家族と心穏やかな生活を送るはずだったやつもいた。

500年前は誰も守れなかった。それでも今回は、今回こそは。


「俺は覚悟を決めたぞ、ディム」

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