第12話 拒否

 俺たちは一度ディムの店に寄り、聖剣と聖鎧を持っていくことになった。ディスプレイから外される様を見物しようと、広場にいたほとんどの人がギャラリーとなって集まっていた。

 だが、集まる視線は好奇の目というよりは、むしろトラブルの元凶を責めるような、どこか忌々し気な視線のように感じた。その視線は城の門番も同様だった。

 城の中、来賓の間にはすでにこの街を統べる長が待っていた。その傍らにはノックスの兵を統括する兵士団長が、険しい顔で連れ立っている。


 長はでっぷりとした腹をさすりながら、ゆっくりと話し出した。


「よく来てくれたな、ディム。話は兵士たちから聞いている。信じられない話だが、魔王が甦ったというのは事実のようだな。それなら先日の森でのドラゴン騒ぎも納得せざるを得ないだろう」


「ええ、それでどうします? 私もこの店を受け継いでから何年もこの聖剣と聖鎧を試す人々を見てきましたが、誰も装備はできませんでしたよ」


 長はほんの少しの笑みを見せながら名指しした。まるでどこか余裕すら感じられるようだ。


「そこの人。……リオンと言ったな。君はまだ試してないだろう」


「ああ…」


「やってみなさい、今ここで」


「……嫌だね」


「なぜだ?」


「……こいつは聖なる剣でも何でもない。人が扱うには過ぎた力だ。こいつを抜いてしまえば、最後に待つのは孤独だけだ。周りには誰もいなくなる。……俺は抜きたくない」


 1人、また1人と仲間と呼んだ者が消えていく感覚。あんなのはもう御免だ。たとえ戦いが終わっても、死んだ者たちの家族や友人は俺を責めた。

どうしてもっと早く終わらせなかったのかと、どうして彼らを助けられなかったのかと。

 1人で生き残った俺にはこの装備が呪われたものにも思えた。たった一人だけ生き残ってしまうなら、もうこれには頼りたくない。頼れない。怖いんだ。


「――そんなことはどうでもいい。今は街が灰になるかどうかの瀬戸際だ。君もこの街の一員だという思いがあるなら、剣を試してくれ」


 長はそうきっぱりと言い切った。お前の感慨など知らんと。そんなことよりもこの街が廃墟と化してしまうことの方が重大だと。

 俺は目を閉じて考える。自分がこの街で過ごしてきた時間を。逃げるようにいくつもの街を転々としたが、結局ここに戻ってきてしまった。どうしても離れられなかった。

 あまりに長い月日が流れ、誰もリオンと言う人間を覚えていなくなったころにまた身を寄せた。自分の居場所をもう一度作ってくれたのがこの街だった。

 そんな街が3日後には消えてなくなろうとしている。

 俺が剣を抜けなければ、すべて消えてなくなってしまう。

 この街の一員だという思いがあるなら――


「……」


 ゆっくりと聖剣に手を伸ばす。

 純白の柄に右手が吸い付く。

 横一文字に聖剣を構える。

 自分の目線と、聖剣の全身が重なる。

 鞘を持つ左手には500年ぶりとは思えないほど軽く感じられる。

 両手に刀身の重さを感じながら、ゆっくりと引き抜いていく。

 そこから見えるのはかつて幾多の戦場を共に駆けた純白の刀身。

 ほんの数センチ、その刀身が鞘を滑り……





 ――ガキ、ン


 そこから先の抜刀を拒否するかのように、聖剣はその刀身を見せることを拒んだ。

 脳裏に、街が灰になる映像がよぎった。

 俺はまた、心が凍る感覚をこの剣に味わわされた。 

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