第11話 婚約

「俺たちのパーティ……解散しよう」


 俺はその一言をようやく言うと、グラスのビールを一口飲み込んだ。

 アンジュはうつむき、肩を震わせている。無理もない、魔王なんて訳の分からないやつから狙われているメンターなんて危険なんてもんじゃない。それに短期間だったとはいえメンターから一方的に解散を言い渡されているんだから――。


「……嫌。絶対に嫌だから!!」


 アンジュは顔を上げ、真っすぐに俺の目を見て答えた。


「はあ!? な、なんでだよ!」


「リオンこそ、なんで急にそんなこと言い出すのよ!」


「野郎が狙ってるのは俺だ。俺のそばにいたらそれだけ危険な目に遭う機会が増えちまう。……とても、命の保証なんてできないからだ」


「命の保証ができないのは今までだって同じじゃない! それでも2人でなんとか依頼を成功させてきたでしょ! 今度だって――」


 俺は自分の言葉に少し怒気が混ざるのを自覚した。手の中のグラスがどんどんぬるくなっていく。


「今までだって同じ? 今度だって? 冗談じゃない、相手はドラゴンを1人で相手にできるような奴だぞ! その辺のモンスター相手のクエストとは難易度なんざ比べ物にならないね!」


「じゃあリオンは? 私たちが解散して、1人になったら何とかなるっていうの? 独りぼっちであの魔王とか言う奴に勝てるっていうの!?」


 俺は言葉を少し飲み込んだ。俺1人で勝てるのか? 500年前にも言われた言葉だ。当時のパーティから全く同じ言葉を言われたことが脳裏をよぎった。


「……同じことを500年前、仲間に言われたよ。1人で勝てるなんて思い上がりだ、ってな。でもそいつらは結局、魔王との戦いの中で全員死んじまった。……俺だけを残してな。お前には同じ様にはなってほしくないんだよ」


 アンジュはうつむきながら考えている。その視線は空中を何度も往復している。自分がどうすればこの先の戦いの中で生き残ることができるのか、アンジュなりに必死に考えているのだろう。


「……分かった」


「……分かってくれたか」


「じゃあ、私と結婚して」


「はあ!?」


 俺はあやうく持っていたグラスを落としそうになる。グラスは完全にぬるくなっていた。アンジュは至って真面目な顔で俺を見つめている。俺は頭が痛くなるのを感じながらもアンジュを問い質す。


「意味が分からない……どうして結婚なんてことになるんだ。お前は俺の話をちゃんと聞いていたのか? 一緒にいると命が危ないから解散しようって言ってるんだろ!」


「結婚してくれないなら、パーティの解散には応じないわ。言っとくけど、私は真剣だから。キスの責任、ちゃんと取ってよね」


「一体、俺とお前がいつキスしたんだよ!?」


 俺は頭がクラクラしてきた。アンジュとはパーティを組んで2年になるが、その間にキスや色っぽいことをした覚えなんざ一度もない!


「たった今」


「たった今って――。……ただの間接じゃねーか!」


 俺のビールをお前が飲んで、それをさらに俺が飲んだ。確かに飲んだ。だが、それだけだ。それだけで結婚?! お前はいつの時代の人間なんだ! 500年前だってもうちょい貞操観念は緩かったわ!


「間接でも、キスはキスよ。私の初めてを奪った責任をちゃんと取ってもらうから」


「子供じゃないんだから、訳のわからない駄々をこねるなって――」


 俺がいよいよ頭痛を自覚したと同時に、店の中に誰かが勢いよく入ってきた。見ると、ディムの店のスタッフが息を切らせて走ってきた。スタッフは顔面蒼白で、目には余裕が一切なかった。


「た、大変です。たった今、街の広場にドラゴンが現れました! ドラゴンに乗ってきた魔王を名乗る男が、ディム様を名指しで呼んでいます!」


 俺はぬるくなったグラスをカウンターに置いた。ディムも俺の目を見るとうなずき、店の外へと出ていく。俺たちは急いで店を出て、街の広場に向かった。


###


すでにドラゴンとそれに跨る魔王を囲むように、大勢の人だかりができており、いつもは子供や老人たちが楽し気に過ごしているはずの広場は、異様な雰囲気に包まれていた。

 俺は人込みをかき分けるように魔王の前まで出ていき、剣に手をかけながら叫んだ。


「いったい何のつもりだ!」


「ああリオンさん、ごきげんよう。蜂の毒はいかがでしたか? まあ、そんなことはともかくとして……ディムという質屋の主はあなたのことですか?」


魔王は俺の隣のディムを認めると、問いかけてきた。ディムは走って乱れた息を切らしながら、魔王の視線を受け止めて答えた。


「……ディムは私です。私になにか用が?」


「ええ、実はあなたの店の聖剣と聖鎧に用がありまして。あれを装備できる人間を探しているのですが、ご存じありませんか?」


 ディムは俺をちらりと見たが、魔王の問いかけに否をもって答えた。


「……知りません。今まで何人もの冒険者が剣を引き抜き、鎧を身に着けようとしてきましたが、誰一人として装備できた者はいません」


 魔王はその答えを聞いて満足そうに俺とディムを見渡すと、広場にいる全員に聞こえるほどの大声で叫んだ。


「よく聞きなさい! 聖剣と聖鎧、そしてそれを装備できる者を私に差し出せ! それができなければ、3日後にはドラゴンの群れがこの街を襲い、すべてを灰にすることだろう!」


 魔王はそれだけ言い放つと、跨るドラゴンの腹を足で叩き、空に飛び立った。そしてドラゴンは大きな翼を羽ばたかせ、街の北の森の方角へと飛んでいった。

 魔王が空に消えていなくなると同時に、広場には街の人々が挙げる混乱の声で一杯になった。皆一様に、どうすればいいんだ、本当にドラゴンの群れがやってくるのか、と話し合っている。

広場の人々を押しのけるように、ノックスの兵士たち4人が魔王と入れ替わるようにやってきた。兜からは目線が見えず、その表情は読み取れない。


「皆、今すぐ広場から解散せよ! そして、質屋の主は今すぐ聖剣と聖鎧と共に城へ出頭するように! 繰り返す、今すぐ集まっている者は解散せよ!」


 俺たちは兵士たちに促されるまま、街の中央にそびえる城へと向かうことになった。

 しかし解せないのは魔王だ。あいつは今も俺が生きていることを知っている。聖剣と聖鎧の持ち主が俺なのも知っている。それなのになぜ今更になって聖剣の持ち主を探す、なんてもったいぶったことを。

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