第9話 再会②

「あ~、500年……! 長かったですねえ、リオン?」


「……そうでもなかったさ、お前がいない日々は楽しすぎてあっという間だったよ」


 魔王はニヤついた顔を隠そうともせず、俺に語り掛ける。俺はこんな日がずっと来てほしくはなかった。のんびりとメンター冒険者をやって、適度においしい酒を飲み暮らす毎日は最高だった。


「リ、リオン? 魔王って、500年って何……?」


 アンジュは俺の背中におずおずと質問した。俺はどう説明したものかと言葉を選ぶ。その間に魔王が代わりにとしゃべり出した。


「お嬢さん、この人はね……500年前、私と殺し合いをしたんですよ。それはもうお互い残虐に、完膚なきまでに血と肉を削り合った仲でして」


 魔王はしゃべりながら昔を思い出しているのか、恍惚とした表情で話し続ける。


「それはもう見事でした。戦いに来た人間どもは皆死に、迎え討った私の配下たちも死んだ。残ったのは私とリオンただ2人のみ。あの戦いの時間はただただ、幸せでした……」


「おしゃべりはいい。お前の昔話なんぞに興味はないね。俺が知りたいのは、生まれ変わったお前の目的だけだ」


 魔王はくつくつと笑いながら顔を両手で覆う。指の間から見える目が不気味に見えたのか、アンジュとジェーンは一歩後ろに下がった。


「私の目的? 目的ですって? ……そんなことを聞くのですか?そんなことも分からないのですか? あなたともあろう人が!」


 魔王は怒りとも狂喜とも取れない声を上げる。あいにく俺にはさっぱり分からん。だが嫌な予感はしている。コイツは掛け値なしの戦闘狂だった。目の前の生物が、殺せるか殺せないかというのがまず疑問として浮かぶようなやつだ。


「せっかく生まれ変わったって言うのに、――まさか500年前の続きがしたいとか言うんじゃないだろうな?」


「……当然です! 当然ですとも! 私は知りたいんですよ! あなたが死ぬとき、どんな表情を見せるのか! どんな叫び声をあげるのかをね! ……それなのに、あなたと来たら一体どうしたというんです」


 魔王は両手を顔から離すと、俺やアンジュをしげしげと見つめる。まるで不思議なものでも発見したかのような、きょとんとした表情だ。


「ここ数日、あなたのことを観察していましたが……まるで別人のようじゃないですか。聖剣も聖鎧も捨て、あまつさえひ弱な人間の世話を焼き、対価としてわずかな酒を飲むだけの毎日。私を殺したかつての姿とは似ても似つかない。――私にとってはまるで悪夢のようでしたよ」


「俺は俺なりに今の生活が気に入ってるんだ、……ほっとけよ」


 その言葉に魔王はピクリと反応する。


「気に入っている? そうですか――ならかつてのあなたに戻ってもらうためにも、その生活を少しづつ奪わせてもらいましょう」


 魔王は言うなり頭のシルクハットを取り、俺たちに中を見せるように向けた。当然ながら空っぽの帽子だ。魔王はこれから始まる楽しい手品でも見せるかのように、陽気なリズムで語り出した。


「取り出したるは、ただの帽子♪ 種も仕掛けもございません♪ ……ところがコイツは魔王の帽子♪ 私が念じれば、あら不思議――♪」


 魔王は空のシルクハットに手を入れると、ゴソゴソと中を探り出す。そして帽子から、まるで大きさが釣り合っていない、一匹のオニスズメバチを取り出したのだった。

 そのオニスズメバチは体長が30センチは優に超える大きさだった。ギチギチと赤黒い顎を鳴らす様は、さっきまで駆除していた蜂とは似ても似つかない凶暴さを伺わせた。


「これ私のペットです。普通のオニスズメバチと違いますから、可愛がってあげてくださいね? 刺されたら、人間なんてあっさり死んじゃいますから。……ねえ、お嬢さん?」


「え――?」


「アンジュ、危ない!」


 俺が言うより一瞬早く、魔王のオニスズメバチはアンジュに向かって一直線に飛び立った。そしてアンジュの顔目がけて、その太くて鋭い針を刺し貫こうとして――


「はあああ!」


 ジェーンが抜いた剣に阻まれたのだった。アンジュと針の先の間は、わずか数センチだった。


「あ、ありがとうございますジェーンさん」


 魔王はその様子を見て、パチパチと拍手で応える。


「素晴らしい反応でしたね。ではこれではどうでしょう――?」


 魔王はシルクハットを「ポンポン」と叩くと、中からおびただしい数のオニスズメバチが這い出てきた。10や20では足りない、30匹以上の蜂たちは飼い主である魔王の頭上をホバリングしている。そしてそのすべての針が、顎が、アンジュに狙いを定めている。

 顎を鳴らす音が、森の中にガチガチと響いている。

 アンジュは膝をがくがくと鳴らしながらも、剣を蜂たちに向けている。

 そんなアンジュを支えるように、ジェーンが一歩先でアンジュを守ろうと剣を構えなおす。


「そうそう。例え私のペットといえど、所詮は蜂です。あなたのメンターが教えてくれたように冷静に対処すれば大丈夫ですよ。……あ―、ただ複数の相手はどうやってするんでしたかねえ?」


 魔王は嬉しそうに言うや否や、指を鳴らす。その音を合図に、蜂たちは一斉に俺の横をすり抜け、アンジュの元へと大挙しようとして――。


ッ――!」


 俺は剣を抜き放ち、居合の要領で鞘に戻した。


 蜂たちはアンジュまであと1メートルというところで、一匹、また一匹と頭から針まで両断されてその場に崩れ落ちた。30匹以上のオニスズメバチが、まるで敷物を広げたかのように森に散りばめられた。


「リオン、すごい――」


 アンジュはやっとそれだけ言うと、その場にへたり込んでしまった。

 ジェーンも「見えなかった」と呟いた。


 魔王は嬉しそうに手を叩き、満足そうに笑っている。


「いい! いいですねえ! 剣の腕は鈍っていないようだ!」


「遊びすぎだ。……ウチの新米冒険者に手を出したら、お前も斬って捨てるぞ」


「今日の所は満足しました。……引きましょう。またお会いしましょうね皆さん?」


 魔王は一歩、また一歩と後ずさり、森の中へと消えていった。

 俺は剣から手を放し、アンジュとジェーンの方へ向き直る。


「大丈夫か、2人共? どこか怪我とかしてないか?」


「ええ、あたしたちは大丈夫……リオンは? どこも怪我とかしてない?」


「ああ、大丈夫だ。一旦、街に戻ろ……!?」


 俺は背中に激痛を感じ、首だけ後ろを振り返る。

 そこには新しいオニスズメバチが一匹、俺の背中に張り付いていた。顎を鳴らしながら、俺の背中に深々と針を刺している。

 魔王の高笑いの声だけが森に響き渡る。


「油断大敵――ですよ! ヒャハハ!」


「ち、くしょう――」


 俺は肩越しにオオスズメバチの顔に剣を突き立てた。

 それが限界だった。

 視界は徐々に暗転し、周りの声も聞こえなくなった。立っていられず、前のめりに崩れ落ちた。

 アンジュが、涙を溜めて心配そうな顔をしているような気がした。

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