第8話 再会

 オニスズメバチ―――。蜂ではあるが、魔物でもある半虫半魔の生物。

 野生のスズメバチと異なり、体長は20センチと大きい。だが針には毒性があまり無く、代わりに発達した顎で得物を捕食する。

 成長すると群れを離れ、エサを求めて個体で行動するのが特徴。オニスズメバチが大量発生すると周囲の動物や自然に影響が出るため、定期的な駆除が必要とされている。


               (虫図鑑 「オニスズメバチについて」より抜粋)



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 北の森に再びやってきてから2時間が経とうとしていた。その間に討伐したオニスズメバチは11匹。最初こそ2人がかりで相手をしていたが、今では1対1でならアンジュも対応できるほどに慣れてきた。


「そうそう、針よりも顎に注意するんだ。間合いさえ詰めさせなければ大丈夫、大丈夫」


 俺のアドバイスを受けながら、アンジュはゆっくりと剣を向ける。オニスズメバチは威嚇とばかりに顎をガチガチと鳴らすが、アンジュは至って冷静だ。剣先を蜂の顔に向け、顎に嚙まれないようしっかりとカバーしている。


「いいぞー。……一回顎の攻撃を受け止めて、受け流してから真っ二つだ」


 アンジュは落ち着いてオニスズメバチの攻撃を受け止めると、返した剣で頭から両断にした。少しずつだが体の力みも消え始めており、段々安心して見ていられるようになってきた。


「ふうっ……。どう、リオン? 大分良くなってきたでしょ」


「まあな、でも油断はするなよ。まだまだ1対1ならって話だ。レアケースではあるが、複数のオニスズメバチを相手にするとしたら不安は残るぞ」


「分かってるわよ、でも巣に近づかない限り大丈夫でしょ?巣から離れたやつだけに絞れば、このままでも十分行けるわよ」


 アンジュは少し得意げに剣を鞘に納める。まあ2時間も狩っていれば慣れてくるか。それに別の発奮材料があるみたいだしな。

 俺はちらりとアンジュの後ろに控えるジェーンを見る。彼女の他にもジェーンの同僚の兵士が2人、それぞれオニスズメバチを探して木々を見て回っている。

 彼女たちとは森に入るときにたまたま合流した。ドラゴンのようなケースがまた起きないとも限らないから、という理由でありがたいことにそのまま合同でオニスズメバチを討伐することになった。アンジュはと言えば、憧れの兵士に見られているということもあったのだろう。最初こそ緊張が勝っていたが、今では良いところを見せようと頑張っている。


「この辺りもあらかた駆除は終わったな。もう少し奥に入ってみるとしようか」


 ジェーンの同僚が提案する。あまり奥に入ると、もし万が一またドラゴンを遭遇した時に逃げるのが大変なんだが。まあ、もし遭遇しても5対1ならなんとかなるか。

 俺もその提案に賛成することにした。


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 森の奥に入ること、およそ30分。

 特にドラゴンにもオニスズメバチにも遭遇しないまま、まったりとした時間が流れる。ジェーンとアンジュは周囲を警戒しながらもおしゃべりに興じている。


「えー! ジェーンさん今お付き合いしている方はいないんですか。……信じられない!」


「ははは、私みたいな剣ばかり振っているやつには女性扱いは期待できないよ」


「そんなことないですよ、きっとみんな奥手なだけですよ!」


 ディムが聞いたら安心するか、がっくりくるか分からない話で盛り上がる2人……もといアンジュ。俺と同僚の兵士たちはちょっと居心地悪そうに、お互いに目くばせをする。


 その時、奥の草むらから足音が聞こえてきた。


「アンジュ、おしゃべりは一旦そこまでだ」


 ……何かがやってくる気配がする。だが、木々に遮られて姿はまだ見えない。俺を含め全員が剣を抜き、警戒態勢を取る。段々と近づいてくる足音、それに比例して空気が重くなっていく。

 現れたのは、1人の男だった。

 古ぼけたタキシードを着て、頭には大きなシルクハットを被っている。額に汗をかきながら、男は俺たちに気が付くと駆け寄ってきた。


「ああ、よかった。兵士さん、助けてください。この先でドラゴンが!私の仲間が襲われているんです」


「なんだって?! またドラゴンが出たか、……数はいくつだ!」

 同僚の兵士が対応する。


「1頭です。……お願いします、早く助けてください!」


 分かった、案内しろと男の前に出る同僚の兵士たち。2人は男の横に立つと、道案内を促す。

 俺はすかさず叫んだ。


「すぐにそいつから離れろ!」


「……え? ―――がっ!」


 俺の声より一瞬早く、タキシードの男は両手を横の兵士たちに向かって突き出した。伸ばした両手は兵士たちの首筋を深々と貫き、その手をどす黒い紅色で染めた。辺りには濃い血の匂いが充満した。

 タキシードの男はまるで俺がゲームか何かに失敗したかのように、おどけて口を開いた。


「あーあー、もう少し早く声をかけていれば2人は死なずに済んだのに」


「お前、一体何者だ。……なぜ彼らを殺した!」


 ジェーンは俺とタキシードの男の間に入るように立つと、剣を向け問いただした。

 男は楽しいような、ありきたりな質問にうんざりするような矛盾した表情を作ると、兵士たちの首から手を引き抜きながら答えた。


「何者って……もしかして、私が人間に見えますか? 素手で人をあっさり殺せる私が。それともモンスターに見えますか? こうして言葉を理解する私が?」


 男は両手をふりふりと振りながら、しとどに濡れた手の血液を地面に飛ばした。顔にはのっぺりとした笑顔が張り付いている。


 ―――ああ、知っている。こんな顔をしてたやつを、俺は知っている。


「それとも他の街から来た流れ者に見えますか? もしくは没落した貴族かな??」


 ―――知っている。出鱈目な腕力に、人を食ったようなふざけた話し方。


 男はニヤリと笑い、俺と目を合わせると涼しげに言い放った。


「500年ぶりですねえ、リオン?」


「……俺は二度と会いたくなかったよ、魔王」

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