第7話 問答
また1人、ディムの質屋にお客がやってきた。兵士に支給される鎧や剣を一式装備したその女性は、店に入ると一直線に「聖剣と聖鎧」のディスプレイへ向かう。ディムはその人を見つけるなり、緊張した面持ちで接客する。
「ジェ、ジェーン、今日も来てくれたんだね。もちろん目的は――」
「ええ、今日も挑戦させてちょうだい。毎日のようにごめんね」
ジェーンと呼ばれたその女性兵士は、ディムににこやかに挨拶をすると短い黒髪を揺らせながらディスプレイの階段を上がっていく。周りの客はちらりとジェーンを見ると、「ああ、また来たのか」と耳をふさぐ。
「ディム、彼女は?」
「ああ、リオンさんたちは初めてか。彼女はジェーン。この街の兵団に所属している兵士さ。最近常連さんになりつつある人なんだ」
ディムは説明しながらも、その視線はずっとジェーンを追っている。その顔はどこかうっとりとしているようにさえ見える。ぴんときた俺は、先ほどの仕返しとばかりにディムを質問責めにする。
「いやー綺麗な人だなー」
「……綺麗なだけじゃないんだ。彼女は剣技の達人さ。兵団の中でも1,2を争うほどのね。しかもそれを全然偉ぶったりしないんだ。」
「ほほー、それじゃあ相当モテるだろうな。大丈夫か?」
「んー、ライバルが多いのは確かだけど。彼女は今は強くなることで頭がいっぱいなんじゃないかな――って、何言わせるんだリオンさんっ」
俺の尋問にすがすがしいほどに引っかかってくれるディムをよそに、ジェーンはディスプレイに上がると深く呼吸をする。
彼女の体から余分な力が抜けていき、体の中心にだけ力が集中していくのが分かる。俺の視線に気づいたのか、アンジュも武器を選ぶ手を止め、ジェーンを見る。
ジェーンは深呼吸を止め、裂帛の気合を上げて聖剣を鞘から引き抜こうとする。
「はああああああああ!!」
店内にジェーンの叫び声がこだまする。耳を抑えても聞こえてくるようなその声は、ビリビリと振動するように俺たちを揺らす。
しかし、その気合もむなしく聖剣はその刀身をさらすことはなかった。
ジェーンは少しだけ残念そうに息を一つ吐くと、ディスプレイから降りてきた。
「騒がせてしまってすまなかったディム。やはり抜けなかったよ」
「お疲れさまジェーン。でもいつかきっとアレを抜く人が現れる。それはきっと君だろうさ」
「ありがとう」
……ディムよ、顔が赤いぞ。甘酸っぱい青春の1ページをこのまま見ていたい所だが、さすがにかわいそうか。
「はじめまして、ジェーン。俺はリオン。そこの冒険者、アンジュのメンターをやっている。ディムとは朝方まで飲む間柄だ」
俺に続いてアンジュが挨拶するが、緊張しているのだろうか。上ずった声でジェーンに話しかける。
「は、はじめましてジェーンさん! 私は冒険者のアンジュです。ずっとジェーンさんのファンでした!」
アンジュは挨拶を言い切ると同時に、腰を曲げ両手を差し出した。ジェーンは微笑みながらその手を握り返した。
「よろしくねアンジュ。私なんかのファンだなんて、嬉しいけど少しこそばゆいわね」
アンジュはジェーンに握手してもらえて、感激のあまり顔が赤くなっている。
「なんだ、アンジュはジェーンのことを知ってたのか」
「あ、当たり前でしょ! 知らないのはリオンだけよ! ジェーンさんは卓越した剣の腕だけじゃなく、街の人々のことを第一に考えて兵士としての責務を果たしているのよ。この辺じゃ、聖騎士の再来って呼ばれてるんだから」
ほー。聖騎士の再来。それはすごい。
「聖騎士に本当になれるかもって思って、聖剣を抜こうとしてるのか?」
俺の無礼な質問にもかかわらず、ジェーンはにこやかに返事をしてくれた。
「いいえ。そんなことよりも今のノックスは少しおかしいのです。先日のドラゴンの南下がその最たるものですね。私は何が起きても、この街の人々を守れるだけの力が欲しい」
「だから聖剣を欲していると?」
「はい」
参った。これは筋金入りだ。俺の目を真っすぐに見て答えるジェーンには、嘘がなかった。この兵士は本気で「誰かのためだけに」聖剣を求めている。であればこそ、彼女に聖剣を選ばせてはいけない。
「いや、無礼な質問をした。本当に申し訳ない。年を取るとすぐ人をナナメに見てしまう。俺の悪い癖だ」
「いえ、こちらこそ。私もダガー一本でドラゴンから逃げ延びたあなたの話を少し疑っていた。良かったら、今度その時の話を聞かせてほしい」
俺たちはすっかり打ち解け、武器の話で盛り上がった。俺は新しい得物を選びに、アンジュは欠けた刃を研ぎにきたことを伝えた。するとジェーンは、アンジュにアドバイスを送った。
「優れたメンターが付いているなら、迷わず武器は同じ種類のものを選ぶといい。私も兵団に入った当時、兵士長の両手剣と同じものを持って練習したよ。初めは上手くいかないけど、いつかは必ず大成するよ」
「は、はい! じゃあ、私もリオンと同じダガーにしようかな」
「いや、それなら俺が剣を持つことにする。せっかく剣に慣れてきたんだ、わざわざ慣れない武器を扱い出すこともないだろう」
俺は剣のコーナーに並べられている数々の剣の中から、自分の体格に合った長さや重さを吟味する。アンジュはその間に、欠けた刃を研ぎに出す。
ディムに支払いを済ませ、俺たちは次の目標を設定する。結局この前の採集依頼は失敗してしまったわけで、次こそは成功させて報酬を手に入れたい。ビール代のためにも。
「次は討伐依頼を受けてみないか? 同じ採集モノを選ぶのはゲンが悪いし、気分も一新してって意味でな」
「そうね、じゃあどこのモンスターを討伐しようかしら」
それなら、とジェーンはアンジュに提案する。
「もう一度北の森に行ってみたらどうかな?あそこの公共事業で、オニスズメバチを狩れる人を募ってるんだけど、例のドラゴン騒ぎでなかなか人が集まらないのよ」
「オニスズメバチかあ、どう思う? リオン」
「……場所が同じでゲンが悪いのが気になるが、まあ悪くはないだろうな。今のアンジュには大型種のモンスターを相手にするより、小型種を確実に倒していけるようになったほうがいい」
実際、北の森は小型種の宝庫だ。トロスが唯一、大型と分類できそうなレベルだが、戦闘能力はあまり高くない。オニスズメバチは蜂にしては20センチとかなり大きいが、群れて行動することはなく、毒性も低い。ここで少し公共事業の手伝いをして、お小遣い稼ぎも悪くないだろう。
「よし、それじゃあ次のクエストはオニスズメバチの退治で決定!」
俺たちは質屋を後にして、街の北側を目指す。そこで最悪の出会いが待っているとも知らずに……。
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