第2章 再会編
第6話 郷愁
「うう……頭が、痛い」
二日酔いの頭痛が激しく俺を揺さぶる。昨日は結局ディムのやつと朝方まで飲み明かしてしまった。別れ際の記憶が一切ないが、あいつはちゃんと帰れたんだろうか。いかん、あいつのことを考えると酔いが回る。
というか、よく俺がベッドまで戻れたものだ。帰巣本能ってあるんだなあ。
「おっはよー! リオン、今日もいい天気……おうっぷ、今日はいつにも増してすごいわね」
アンジュはいつものように部屋に入ると窓の扉を開け放ち、濁った空気を入れ替える。おうっぷって、ちょっとおじさん傷ついちゃうなあ。……そんなに酒臭いのか。
「昨日は少し飲みすぎてなあ。あとアンジュ、すまないんだけど今日はクエストはパス……」
「分かってるわよ、今日は新しいクエストを受注する前にリオンの武器を見に行きましょ。ドラゴンとの戦いでダガーを失くしちゃったものね」
いや、飲みすぎで二度寝したいだけなんだが。……駄目か。アンジュのやつ、目をキラキラさせながら俺の心配をしてやがる。メンターたる者、後輩に心配されては大問題だ。さすがに俺も恥ずかしい。
俺はのそのそとベッドを抜け出すと、机のグラスの水を一気に飲み干す。少しは頭がクリアになった気がする。
「それでアンジュ。どこの武器屋を見るつもりなんだ? パルマの所は最近値上げしたからイマイチだぞ」
「そうなのよねぇ。でもそういう時には庶民の強い味方があるじゃない」
「どこだよ」
「ディムの質屋」
「おうっぷ」
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ギルド本部の真向かいに、ディムの質屋はある。冒険者たちの装備調達、討伐したモンスターの買い取りなど、様々な要望に応えられるように居を構えている。実際、大勢の冒険者が利用するのでギルド本部と変わらないほどディムの質屋はでかい。剣と鎧の絵が入った看板がここのトレードマークだ。
俺たちは1階の装備品のフロアに入店する。剣、槍、弓、槌……古今東西の武器や鎧といった装備品が所狭しと陳列されている。俺たち以外にも何組か客は来ていて、なかなかに盛況だ。店内ではディムやスタッフたちが忙しそうに接客している。二日酔いとかしないのかあいつは、すごいな。
「いらっしゃいませ――、おやリオンさんにアンジュさんじゃないですか」
「こんにちはー。今日はリオンに武器を選びに来たの。なにか良いのありませんか?」
できれば親切価格のやつで、と俺は付け加えた。正直、武器がないのは困る。冒険者として大問題だ。だが、酒代が減るのも同じくらい困る。人生の楽しみが減る。
「ウチの装備で親切価格と言えば、やっぱりアレでしょうね」
ディムは嬉しそうにニヤリと笑いながら、視線を店の中央のディスプレイに向ける。正直、いたずらをしようとしている子供の顔にしか見えない。
視線の先には一本の剣と一着の鎧が展示されていた。聖剣と聖鎧――この店の目玉商品であり、かつて魔王討伐の際に使われたとされる、まさに「伝説の装備」である。
ディスプレイには値札がなく、代わりにこんなメッセージが書かれていた。
「売値:無し! 装備できたら応相談」
俺はうんざりした目でディムを見る。
「ディム、時間の無駄だよ。何百年と装備できる奴が現れない、お前の店のとっておき――いわく付きの看板商品じゃないか」
「はははは、そんなことおっしゃらずに。試してみてはいかがですか? 試着料なんて取りませんよ。……山をも切り裂く聖剣、どんな傷をも癒す聖鎧。冒険者ならぜひとも欲しい逸品ですよ! そもそもこの装備は魔王が倒された後、今から約450年前に私の祖先が譲り受けた逸品でして――」
「……」
やばい、ディムのやつ昨日と同じだ。昔話に花が咲いてる。俺はジト目でアンジュを見る。アンジュは俺の意図を汲み取ったのか、ディムの話を遮る。
「じゃ、じゃ私がチャレンジしてみようかなー!」
「おや、アンジュさんが試してみますか。では、どうぞどうぞ」
アンジュはディスプレイ横の階段に昇り、聖剣に触れる。緊張しているのか、ゆっくりとその手を聖剣へ伸ばす。アンジュは聖剣の柄を握り、その刃を抜こうと力を籠める。
「……いくわよ。やっ――! 」
だが、聖剣は固く刃を閉じ、鞘から抜けようとはしなかった。まるで何かの力が働いているかのように、1ミリたりとも鞘から動くことはなかった。
アンジュは予想通りというような、でも半分は期待してたのになというような左右非対称の表情を見せる。もしも聖剣が抜けていれば、アンジュの目標である「王国一の冒険者」は叶っていたのだから無理もない。
アンジュは一応聖鎧にもチャレンジしてみたが、鎧の留め具はまったく動かず、その身を開くことはなかった。
「あー、ダメだったかー。ちょっとは期待してたんだけどなー」
「残念でしたね、アンジュさん。でも気を落とさないで。文献によると、この剣と鎧は持ち主を選ぶとされています。決してあなただけの問題じゃないですよ。……それでは、次はリオンさんの番ですね」
「いや、だから俺はやらないって――」
俺が辞退しようとすると、隣から声をかけられた。みるとまだ若い、青年たちのパーティだった。
「おっさん! やらないならどいてくれよ、俺たちが抜いてみせるからよ!」
元気のいいクソガキどもである。俺が順番を譲ると、我さきへと剣と鎧に向かっていった。後ろに控えていたメンター冒険者がすまんなと話しかけてくる。彼とは酒場でたまに会う顔なじみだ。
「あいつら元気いっぱいでな、怖いもの無しなんだわ。すまんなリオン」
「いいって。冒険者になりたてなら、皆あんなものだろ」
クソガキ、もとい初心者冒険者たちは、結局誰一人剣と鎧に選ばれることはなかった。みんな口々に「あれ実は偽物なんじゃねえの」と文句を言っていた。
ディムは彼らをうまいことなだめながら、スタッフに初心者用の武器防具のコーナーへと案内するよう指示を出す。こうして最初のお客を逃すことなく、後々のお得意様を作る第一歩として、聖剣と聖鎧は今日も店の売り上げアップに貢献しているというわけだ。
「お前らも血なまぐさい戦いより、こっちのほうがいいもんな……」
「何か言った、リオン?」
いや、何でもないと俺はディスプレイから背を向けた。
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