第5話 月夜
「魔王の仕業ですよ」
ディムは真っすぐに俺の目を見ながら、自分の意見を口にした。目は座っているが、どうやら酒に酔っての話でもないらしい。だが、俺たちの話が耳に入ってしまった冒険者には、それはまるっきり冗談の類として聞こえたようだ。
「はっはっは、ディム! いくらなんでも魔王はないだろう、それはおとぎ話の領域だぜ!」
酒が回った冒険者がディムに絡む。ディムは眉間に薄いしわを寄せて答える。
「おとぎ話で言ってるんじゃない。実際、過去には魔王と呼ばれた存在がモンスターを使役して、我々人類と戦っていた歴史がある。国々は潰され、世界は荒れ果てていた歴史が」
「歴史があるってよ。そりゃあ何百年も前の話だろ?確か、300年だか400年の―――」
「500年です」
ディムはビールを飲みながらはっきりとした口調で言い切る。絡んできた冒険者は面白くなってきたのかさらに話を続ける。
「499だか500だか知らないが、その間何事もなかっただろ。それが急に、何の前触れもなく魔王が出たなんて言われてもな。そりゃ無理があるぜ」
「だから今回のドラゴン騒動がその前兆だとしたら、って話をしているんです。ドラゴンが急に住処を離れたと思ったら、真っ二つに引き裂かれてそのまま放置。そんなこといったい誰にできるっていうんです」
ディムは頭を冷やすかのように一気にビールをあおる。……段々目が怪しくなってきた。この話はここらで収めた方が方がよさそうだ。
「2人とも、飲みすぎだ。この話はこれでオシマイ。今夜はいい酒を飲んでるんだ、楽しく終わろう」
俺の言葉にディムたちはむう、と言葉を飲み込んだ。2人とも熱くなっていた自覚があるようだ。それからディムは、席を変えるでもなくそのままこの席で飲み続けた。まあ普段から俺は1人で飲んでいるから、こういう偶然の飲み仲間は割と歓迎だが今夜は嫌な予感がする。
「リオンさん、もう一軒! もう一軒行きましょうよ~」
予感は的中。結局閉店まで飲み続けたディムは、1人では足元がおぼつかないほど出来上がってしまった。居合わせた俺としては、さすがにこれを放って帰るのもあんまりなので肩を貸している。街は暗く寝静まり、辺りには俺たちしかいない。いつもは賑わう大通りも、人がいないと声がよく響く。
「くそう……冒険者が何だってんだ、俺の話をろくに聞きもしないで」
「あーはいはい、俺も冒険者だけど」
「リオンさんは別ですよ! 笑わないで聞いてくれてたじゃないですか」
「まあ、実際にドラゴン見ちゃってるしなあ。あんなの殺して捨てるなんて、ちょっと考えにくいもんなあ。でもさ、さすがに魔王ってのはどうだろね?」
ディムは周囲に目を配る。すると、一段声を落として耳打ちする。
「……実は当店には年代物がいくつかありましてね。その頃の様子を描いた手記がその1つなんですが、そこにはこう書かれているんです」
『魔王は長い戦いの末、ついに断末魔の叫びをあげた。しかしその声は不吉な予言でしかなかった。どれだけ時間が経とうと、次の魔王が現れる。眠れぬ夜はまた必ず訪れるだろう』
ディムは手記の一部をそらんじてみせた。
「小さいころから何度も読んでたんで覚えちゃいました。いつか魔王が復活しても、自分がみんなを守るんだって思ってました。超が付くほどの虚弱体質なのにね」
ディムは自嘲気味に笑った。
俺は笑わなかった。
「お前の質屋は必要なものを必要な人の所に届けてる。商売を通じて誰かを助けてるさ。……少なからず、俺は結構助けられてる」
「リオンさん……」
ディムは笑った。今度は自嘲めいた笑いではなかった。
「もう一軒! もう一軒行きましょう! 奢りますから今夜は!」
「ははは、じゃあもう一軒行くとするか」
俺たちは肩を組んで、静まり返った街を行く。背には月が輝き、俺たちを白く照らしている。
ふと、背中に視線を感じて振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。
「リオンさん? どうしたんですか?」
「いいや、何でもない。どうやら俺も酔ってるみたいだ」
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そんな2人を見る男が、酒場の屋根から見下ろしていた。
男は黒い帽子をかぶり、古めかしいタキシードを着ている。
男はのっぺりとした笑みを浮かべながら、誰に届けるでもなく独り言を口にする。
「眠れぬ夜はまた必ず訪れるだろう」
風が吹き荒れ、木の葉が舞う。
男の姿はもうそこには無かった。
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