第4話 魔王
「はい、リオンさんビールお待たせしました」
「お。ありがとう~」
長い木の板でできたカウンター。ほの暗い間接照明。酒場の中で俺は何杯目かのビールに口を付ける。黄金色の液体は香りがよく、今日のクエストで火照った体を冷ましてくれる。喉を冷たい液体が通り過ぎるたび、体中の力が抜けてリラックスできているような気分になる。
周りには冒険者たちが思い思いに話をしている。今日の稼ぎについてや、これからの方針、パーティ内の男女関係など、盛りだくさんだ。
別に聞こうと思って1人で飲んでいるわけではない。まだアンジュは酒場に慣れないようで、特に今日も誘わなかっただけだ。どうもあちらも先約があったようだし。仕事が終われば個人の時間、というのは大賛成だ。
「おや、リオンさんじゃないですか。今日もお1人ですか?」
「げ」
俺は思わず声を漏らした。俺の背後から覗き見るような格好で話しかけてきたのは、ディム。この街で質屋を営んでいる男だ。すらっとした体形に切れ長の目、冒険者の鎧とは違い、上品な絹で編まれた洋服は酒場でなくとも人目を引くが、寄りにもよって今日コイツと会うことはないだろうに。
「そういえば……先日は買い取りさせていただき、ありがとうございました。リオンさんの鎧、なかなかイイ値で買い手が見つかりましたよ」
「そうかい、また金がなくなったら無心に行くからよろしく頼むよ」
俺はそっけなく返答する。俺はこいつの上客というか、常連客だ。メンター制度で国から支給される指導料は慎ましく暮らしていくならなんとかなる、っていう程度の額だ。酒場で一等値の張る酒を飲んでる俺のような人間には、とてもじゃないが金が足りない。
そこで出てくるのがディムの営む質屋だ。コイツの店は装備品から、モンスターの骸まで何でも買い取る。買い取った商品をまわりまわして買値以上の金額で売り飛ばす。商才があるのは認めるが、この前俺の鎧を安く買い叩いた張本人を見ながら飲むには、今日の酒は上等すぎる。
ディムは俺の内心など知ってか知らずか、俺の隣の席に座って話し始める。
「ところで今日は稼げましたか?」
「まあ、ボチボチだな」
嘘である。今日はトロスの卵を持ち帰るどころか、命からがらドラゴンから逃げおおせたのだ。稼ぎはゼロ。完全に骨折り損のくたびれ儲けだ。
「それは良かったです。さすがにこれ以上リオンさんから装備の買い取りをさせていただくのは難しいと思ってましたから」
「余計なお世話だね。誰も好き好んで装備を売り払ったりしてねえよ」
「そうですか?リオンさんの装備は、どれも古いわりに手入れが行き届いていて、まるで新品のようだとその筋のコレクターには評判ですよ」
それは知らなかった。世の中にはいろんな人がいるものだ、俺なんかの使い古しが高値で売れるなら、今度から直接俺が売りたいもんだね。
ディムは俺と同じビールを注文すると、話を続けた。
「話が変わるのですが。今日、森にドラゴンが出たらしいですね」
「へー、知らなかった」
「山岳地帯に住むドラゴンが、なぜか北の森に現れた。幸運なことに命を落とすような被害者はゼロ。不運だったのは、ちょうど森に採集クエストに来ていた2人組がこれに遭遇してしまったこと」
「……」
「さらに驚くべきは、どうやらそのドラゴン……何者かに殺されたらしいですよ。真っ二つになって森に討ち捨てられていたとか」
「ほー。そいつは物騒だね」
ドラゴンが死んだとは知らなかった。俺たちはギルドに報告した後解散していたからだ。それにしても、あのドラゴンを真っ二つとはね。
「知らばっくれるのは無しにしましょうよ。今日遭遇した冒険者っていうのは、リオンさん達でしょ?森で一体何があったんですか?」
「何があったも何も……ギルドに報告したのが全てさ。詳しいことはギルドに問い合わせてくれ」
ディムは面白くなさそうに、顔をしかめながら、運ばれてきたビールを口にする。お、なかなかいける口だね。
「トロスを丸呑みするような大きさのドラゴン。それを真っ二つにしただけでなく、貴重な死体を街に運ぶでもなくそのまま捨てるなんて私にはとても考えられない」
確かに、ドラゴンの死体は高値で売りさばける。角や眼球はもちろん、血液一滴だって妙薬として売れるだろう。俺だったら絶対持って帰るね。俺はディムの話に構わずビールをあおる。
「どこかに金持ちの冒険者がいるんだろう。ドラゴンを倒せるような力を持ってて、金に興味を示さないような冒険者が」
「そんなふざけた冒険者はこの世界にはいませんよ。リオンさん、これは僕の想像なんですが……今回の騒動は人間業じゃありません。こんなことができるような奴は―――」
「できるような奴は?」
「魔王の仕業、ですよ」
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