第3話 逃走

 ドラゴン―――。古くからその存在は人々の間では「自然災害」として認識されていた。山岳地帯に住む彼らが、村人や家畜を襲うことは避けようのない災害であり、人間たちはそんな竜種に少なからず畏怖を感じてきた。

 冒険者たちの装備が度重なる技術の発展により、強化され、その性能が上がっていっても、竜種を1頭討伐するには長い経験を持つ冒険者が数人がかりでようやく倒せるというほどだ。

 その鱗は固く、生半可な剣では傷1つつけることはできない。

 数百年前、そんな竜種をたった一人で倒したという伝説が、山岳地帯のふもとの村ではささやかに伝えられている。

                      (竜種の研究 第1巻より抜粋)


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「そんな、嘘でしょ……こんなところになんで竜種が」

 

 アンジュは目の前のドラゴンにから目が離せないでいた。卵を持つ両手は震え、今にも落としてしまいそうになっている。

 目の前のドラゴンは、口の中のトロスを咀嚼しながら、次のエサを値踏みしている。爛々と輝く紅い瞳が、邪悪に妖艶に光っている。


「アンジュ、その卵捨てていけ。」


「―――な、なんでよ!?」


「たかだか4000ローナーのクエストで命を張るな。なんでこんな所にドラゴンがいるのか分からんが、今は逃げ延びることを考えろ。卵は邪魔だ」


 アンジュは足元にそっと卵を置いて、後ろに後ずさった。そんなアンジュ目がけてドラゴンは、大きな咆哮をあげた。アンジュは体に迫る大きな音の壁に揺さぶられ、その場にへたり込んでしまう。


「しっかりしろ。俺が時間を稼ぐから、ノックスへ戻って誰か冒険者を呼んできてくれ」


「そんな、リオン1人で足止めなんて無茶よ!」


「いいから、行け!」


 俺はダガーを構え、ドラゴンに向かって走る。ダガーを突き出し、足に向かって攻撃をかける。だが、その黒い鎧のような鱗には傷1つ付けられず、ダガーは弾かれてしまう。

 アンジュはようやく立ち上がると、剣を抜き、ドラゴンへと斬りかかっていく。


「バカ、俺のことはいいから逃げろ!」


「バカって何よ! あたしたちはパーティでしょ!? 仲間を置いて自分だけ逃げられるわけないじゃない!」


 アンジュは大きく振りかぶり、縦一閃にドラゴンの頭を斬りつけた。だが、アンジュの剣でもドラゴンの鱗は突破できず、逆に剣の刃の方が欠けてしまった。

 ドラゴンはアンジュへ頭を突き出し、体当たりを受けた彼女を5メートルは吹き飛ばした。アンジュが装備していたプレートがその衝撃で大きく凹んでしまっている。


「アンジュ、大丈夫か!」


「だ、大丈夫……多分」


「分かった、2人で逃げるぞ。……森の中に黄色いキノコが生えてるはずだ。それを探してきてくれ!」


「こ、こんな時にキノコ!?」


「いいから! おれを信じろ!」


 俺はアンジュに指示を出しながら、ドラゴンへ攻撃を仕掛ける。ダガーは鱗に阻まれ弾かれてしまうが、こちらもあいつの攻撃はすべてかわしている。ドラゴンは尻尾を振りまわし、足の爪で引き裂こうとするが、空を切っている。

 アンジュはそんな俺の様子を見ながら、森の木々の根元や朽ちた丸太の裏を探して回る。すると、一本の黄色いキノコが木の根元に生えているのを見つけた。

 アンジュは急いでキノコをむしり取ると、俺へ向けて投げて寄越した。


「よくやった! あと10秒したらあいつの動きが止まる! そしたら森から脱出するぞ!」


「10秒!?」


 俺はダガーでキノコを半分に切り、そのキノコからあふれる汁をダガーにまんべんなく塗り付ける。その塗り付けたダガーを構えると、ドラゴンの顔目がけて投げ放った。

 ダガーはドラゴンの右目に深々と根元まで突き刺さり、ドラゴンを大きくのけぞらせた。


「すごい……! あんな小さい的に当てるなんて」


「見とれてるなよ、あんなのただの時間稼ぎだ! それより走れ!」


 ドラゴンは咆哮とともにリオンとアンジュ目がけて突進しようとするが、その一歩が踏み出せないでいる。体が痺れ、まともに動けない。


「リオン、あれは何!?」


「お前が持ってきたのは痺れダケだ。その汁を直接アイツに突っ込んだ。ほんの少しだが足止めができる。今のうちに逃げるぞ!……こっちにはもう攻撃手段が無い!」


 俺たちは一目散に森を抜け、ノックスへと走った。ぎらつく太陽の下、汗なんて構わず必死に走り続けた。森の方でドラゴンの叫び声がしたが、振り向く余裕なんてない。走れ走れ走れ―――!



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 ドラゴンは痺れダケの効果が切れたのを確認すると、頭を大きく前後に振り回し、ダガーを外そうとした。だが、ダガーは深々と突き刺さっていて抜けないでいた。傷の痛みと獲物を逃がした悔しさでドラゴンは苛立ちの咆哮をあげた。森の木々がざわめき、周りからは小動物さえいなくなった。

 だが、そんなドラゴンのもとへ1人の男が歩み寄った。

 黒い帽子をかぶり、古めかしいタキシードを着た男。顔には笑顔がのっぺりと張り付いている。男はドラゴンを見ながら盛大なため息をついた。


「やれやれ、せっかくドラゴンをけしかけたっていうのに……お前と来たら、目標には一撃も当てられず、仲間のお嬢さんすら殺せなかったじゃないか」

 竜種が聞いてあきれるよ、と男はつくづく幻滅した声で話しかける。

 すると、ドラゴンは声にならない声を出して弁解した。


「マテ、オレハマダ ヤレル……! イマカラデモ ヤツラヲ オイカケテ コロシテヤル」


「いいえ、もう結構です。森を抜けられた時点でおしまい。最初の作戦は見事に空振りですよ。だからもう―――あなたは用済みです」


 男はつかつかとドラゴンに近寄ると、手を伸ばしてその右目に突き刺さったダガーを勢いよく引き抜いた。ドラゴンはその痛みに、耐えられないほどの叫び声をあげる。

 残った左目をぎょろりと光らせ、ドラゴンは男を噛み砕こうと口を開ける。何重にも生えそろった牙が男目がけて襲い来る。

 牙が男に触れる、その瞬間……ドラゴンの意識は深い闇の中に消えた。



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 ノックスへ戻るなり、俺たちはギルド本部へ駆け込んだ。事情を話し、冒険者を募ろうとしたがほとんどの人が話を信じなかった。

 山岳地帯に住むドラゴンが森に現れるはずがない、と。

 

 だが、アンジュのベコベコに凹んだプレートを見て様子がおかしいことにウィズが気が付いてくれた。ウィズの号令で森へは冒険者10人による調査隊が派遣されることになった。



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 森に入って20分ほど、ドラゴンの足跡を発見。

 そのすぐ先でドラゴンの死骸を発見した。

 頭から尻尾まで両断されており、体内にはトロスと思わしき物体が確認できた。

 右目には情報通り、ダガーによる傷が確認された。

 周囲に人影はなく、ドラゴンを殺害したと思われる人物は確認できなかった。

 また、足跡は2名分しか確認できず。先に受注した冒険者2名のものと推察される。


 以上

                        (調査隊 報告レポートより)

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