第743話 ダイコン危機で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 事故により性格が一変してしまった大根太郎。


 変じる前とは打って変わっての好青年ぶり。

 ロリについてもすっかり治って、なんだかキャラクターとしての面白みを失くしてしまったダイコン。

 はたして、そんな彼に危機感を桜は覚えてしまうのだった。


 このまま、以前のように、ダイコンと付き合っていけるのだろうか。

 ダイコンの自分への依存ぶりから、そんなことはないだろうと思っていた彼だったが、人間関係で苦汁をなめて来た父の言葉に心を揺さぶられる。


 はたして、思いがけずはじまった九尾の加代ちゃんダイコン編、どこに着地するというのか――。


 今週もはじまりはじまり。


◇ ◇ ◇ ◇


 コロナショックによる社会的損失は大きい。

 それは、ダイコンホールディングスも例外ではない。

 いや、むしろ、レジャー産業などを手広く取り扱っている、ダイコンホールディングスだからこそ大きいとも言える。


「うちは外国人向けに特化した商売はしていなかったとはいえ、順調に赤字が広がってるね。不要不急の外出を避けるというのが、予想以上に聞いたらしい。宿泊業はキャンセル、土産物のおかしは受注減でラインが止まる。おまけに、小売り先の従業員に感染者が出た。二週間の営業停止は痛かったね」


 ダイコンホールディングス。

 連結子会社の社長以下を集めて行われる月例ミーティングの中、いつになく雄弁に語ったのはダイコンだ。

 国内でこそなんとか収束に向かいつつあるが、海外含めてまだまだパンデミックの終焉が見えない病禍に対して、彼は相当な懸念を抱いているようだった。


 一か月前は――。


「えらいことなったコロナショック。ワイらのような産業にはこんなん出られたらたまったもんやあらへんで。けどまぁ、なんとかなるやっしゃろ。各自、あんまり無茶せんと、適切な対応をするように心がけてや。こういう時こそ、余裕をもって行動するんや」


 と言っていたのがまるで嘘のようだ。


 なに、金ならまだ内部留保があるから大丈夫やで、百年不景気でも大丈夫とは、場を沸かせた彼の発言だ。


 虚勢には間違いない。

 だが、社長としての器のでかさがなければ言えないだろう。

 その言葉に、集まった各社の代表は、ほっと胸をなでおろした。


 そう。

 こういう危機の時ほど、余裕あるトップの態度が周りを安心させる。

 性格を失う前のダイコンは、こういう時に何が大切なのかちゃんとわかっていた。いささか甘すぎる経営判断という謗りも免れないが、それでも、数字よりも人を大切するその姿勢を、俺は好ましく感じていた。


 同じく、彼を担いでいる各会社の社長たち、そして社員たちもだろう。


 だからこそ、定例会議で打って変わった発言をしてしみせた、ダイコンの言葉に場は沈黙した。


 何か、おかしなことを言ったかいという感じにほほ笑むダイコン。


 間違ったことはいっていない。

 おかしな判断でもない。

 経営者なら、それくらいシビアに考えるのが当然だろう。


 仕事はお遊びではないのだ。


 けれども俺の知っているダイコンは、そんな軽薄に言葉を吐かなかった。

 彼は自分の言葉が周りに与える影響を、少なからず見積もって行動していた。

 自分の発言により、周りを傷つけないように、優しく行動していた。


 だというのに。


 今回のその言葉はいささか軽率としかいいようのないものだ。


 容易に想像できるその後の言葉。

 周りが戦慄するのが俺にも分かった。


「まぁ、今回の件がなくっても、不採算部門についてはそろそろ整理するべきだと考えていたしね。ちょっと、それが早まったと思ってくれればいいかな」


「おい、ダイコン、お前、本気で言っているのかよ」


「本気だよ。桜くん。会社というのはね、世相に合わせてきっちりと変化していくことこそ求められるんだ。時代の流れを読むことこそが、僕たち経営者の仕事だよ。採算の合わない事業というのは、きっちりと僕らが畳んでいかないと」


「けどなお前」


「ダイコンホールディングスは、もともとは切干大根の生産を行う会社だった。乾燥切干大根のパイオニアとして勇名を馳せた会社だった。けれども、今はそれもやっていない。経営判断として、切干大根の生産販売はもはや会社の利益に寄与しないと、先々代が時勢を読んだからだ」


 既に自分のアイデンティティは切っている。

 なのに、今更、他のアイディンティティに固執する必要はないだろう。

 そんな話を出されてしまっては、もはやどうしようもない。


 黙り込む関連子会社の社長たち。


 会議の流れは完全に、若社長の口先に委ねられてしまった。


 ここで怒るべきか。


 たった一日しか経っていないというのに、この変貌ぶり。

 冷酷なビジネスマンと化したダイコンに、俺はどんな言葉をかけるべきなのか。

 俺が逡巡した隙に彼は話を勝手にすすめていく。


 まるで、俺のことなど端から気にしていないような、そんな素振りで。


「やはり一番はテーマパーク関連だろう。せっかく力を入れて来たけれど、こう皆が外に出ないのであっては仕方がない。当面は全グループ企業のテーマパークは営業停止。それに伴い、一番業績の悪い――日本オキツネパークは廃業するとしよう」


「のじゃぁ!! それはないのじゃぁ!! せっかく社長に就任したのに!!」


 ――なんで加代さん。


 というか、いつの間にそんな会社作って、そんでもって社長に就任してたんだよお前。聞いてないぞそんな話。そして、知らないぞそんな話。


 あっけにとられる俺の前で、更に話は続く。


「次。新商品として開発したスナック菓子――アブリャゲスティックの売り上げがよくない。これもちょっと、生産について考えた方がいいかもしれないね」


「のじゃぁ!! そんな!! もう少し、あともうちょっとコマーシャルに力を入れたら、きっと採算がとれるようになるのじゃぁ!!」


「どうかなぁ。プレーン味の売り上げが、もうほんと壊滅的だからね。新フレーバーを投入してもどうなることか。なんにしても、製造会社の加代社長はもうちょっと商品戦略を考えるように」


「のじゃぁ……」


「最後に、カップみそ汁お揚げマシマシ山盛りマックスの、増量表記の水増し問題についてだけれど」


 おきつね事業ばっかりじゃないか。

 なんだ、ダイコンの財力に頼って、こんなくだらないことしてたのか。


 そらどうぞどうぞ潰してフォックス。


 それでダイコンホールディングスの業績が健全化するならば御の字ですわ。

 というか、この件で泣くのは加代ちゃんだけだしね。

 狐だけに。コーンって。

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