第744話 事業縮小で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 激動のコロナショックはついにこんなおちゃらけ小説にも。

 レジャー産業が主力のダイコンホールディングス。当然、外出制限や経済縮小の打撃を受けないはずがない。


 そこに加えて、社長ダイコンの性格変質が加わったものだからさぁ大変。


 不採算部門は縮小あるいは廃業して、自社の経営の健全化を目指そう。

 なんてことを言いだした。


 はたして、そんなことをしてしまって大丈夫なのか。

 こういう不測の事態だからこそ、社員全員が団結して被害を抑える努力をしなくてはいけないのではないだろうか。それにより、社員のだれかが泣いてしまっては、結局大切なものを失ってしまうのではないだろうか。


 そんな桜の懸念と裏腹。


「一番業績の悪い――日本オキツネパークは廃業するとしよう」


「のじゃぁ!!」


 社内で鳴くのはきつねばかり。

 加代さんが造ったオキツネ事業ばかりが凍結されていくのであった。


◇ ◇ ◇ ◇


「のじゃぁ、わらわわらわの念願の夢であった、オキツネパークが。ぐすん、どうして、どうしてこんなことになってしまったのじゃぁ」


「まぁ、こういう世相だから仕方ないんじゃねえ。そもそも、オキツネパークって何よ」


「のじゃ!! あぶりゃーげのすばらしさを、人間にも狐にも分かってもらうためのテーマパークなのじゃ!! いろんなあぶりゃーげをテーマにしたアトラクションに乗りつつ、きつねうどんを食べて心も体もあったまる、ハートフルレジャーランドなのじゃ!!」


「……うどん屋でよくねぇ?」


 うどん屋で全て満たされそうなアトラクションであるがこれいかに。

 久しぶりに加代さん、尖ったボケをかましてきたなとこれには俺も閉口するしかなかった。

 いやほんと、俺に黙って何をやっているんだこのボケボケオキツネさまは。


 しかしまぁ。

 彼女がスケープゴートならぬ、スケープオキツネになってくれたおかげで、他の会社に影響が出ることがなかったのは幸いだ。

 まぁ、狐による狐のためのアブリャーゲ事業なんて、真っ先に潰してしかるべきものだから仕方ない。


 加代は犠牲になったのだ――ダイコンホールディングスの。


 とはいえ、依然として経営状況が厳しいことには変わりない。


「今回のショックにより、国内の顧客の動静は確実に変わってくることだろう。今回はたまたま、ちょうどあきらかに不採算な事業があったので、それを切ることになったけれども、これからどうなるかは分からない。ここに集まっているメンバーはそれぞれ、会社を預かっている身の上の者たちなのだから、細かいことは言わないけれど――ちゃんと時勢を読んだ対応をしてくれることを、ホールディングスの代表として求めるよ」


 とは、ダイコンの締めの言葉である。


 結局、最後の最後まで彼の独壇場であれば、その経営方針に口を出すことは誰もできなかった。

 おそらくその場で一番彼を止めることを期待された俺も、一切口を挟むことができないダイコンの口上。俺は昨日、親父に言われた言葉を思い出した。


「それだよ桜。依存って言うのはな、結局そういうことだ。相手を軽く見ること。相手のことを信じないことだ」


 俺はもしかして、ダイコンのことを軽く見ていたのかもしれない。

 心のどこかで、俺たちのことを決して裏切りはしないだろう。お人よしで、話せばわかるし、ともすればちょろいと思っている所があったのかもしれない。


 しかし、彼は曲がりなりにも経営者なのだ。

 俺たち労働者とは違う、利益を常に頭の中のそろばんで叩いて、考えている人間なのだ。そして、もしそのバランスが乱れていると思えば、迷わず修正することができる権力を持っている人間なのだ。


 今回はよかった。

 けれど、この次はどうなるかは分からない。


 創業期から付き合いのある関連会社をつぶすかもしれない。

 新規事業の企画をつぶすかもしれない。

 大規模なリストラを行うかもしれない。


 あるいは、俺の居るホールディングス直属の部や課だって、その標的になりうる可能性はおおいにある。


 なまじ、俺の居る部署は目立った成績は出せていないのだ。

 加代とコヨーテちゃんが一応所属している、関西オーデンズもほぼ閉店開業状態である。いつ、潰されてしまっても文句は言えない。


 世界経済はどん詰まり。

 これから更に厳しい時代が来るかもしれないという予兆の仲での彼の行動は、今後の波乱をありありと俺に想像させた。


「あ、桜くん、ちょっと残ってくれる。もう少し話したいことがあるから」


「……その桜くんってやめろよ」


「うん? ほかにどう呼べば?」


 桜やんでいいじゃねえか。


 俺とお前の仲だろう、ダイコン。

 そんなことを言いかけて、言葉が喉を滑り落ちる。

 今の状態のダイコンを前にしてはその言葉余りに空虚。

 現実味がなく、発する意味が感じられなかった。


 とにかく。


 会議室を続々と後にしていく子会社の社長たちを見送って、俺とダイコンは閑散とした部屋の中で膝を突き合わす。

 机をはさんで真向かい、フラットな関係に見えるのに、どうしてだろうか、俺と彼の間には埋めることのできない溝があるように感じられた。


 唐突だ。

 今までそんなもの、一度だって感じたことなんてないというのに。


「僕が急に事業を縮小したものだからびっくりしたかな」


「……そりゃなぁ」


「経営者には時に非情な判断をしなくちゃならない時があるんだよ。今がその時だというより、今まで僕はそれを引き延ばしに引き延ばしてきた。まったく、くだらない話だよね。もっと早く、必要なものに必要な処置をするべきだったと、今では思っているよ」


「けどお前、いくら何でもこんな見せしめみたいなやり方。もうちょっと、周りの気持ちを考えてやれよ。皆、今回の病禍では、結構肝を冷やしているんだぞ」


「そうかな。僕から見れば、まだまだ危機感が足りていないんじゃないかなって思うよ。というかこんなことでもなければ、彼らは今までの調子で、惰性で仕事を続けていただろうとさえ感じている」


「……お前」


 やはり、違う。

 人の気持ちを考えることのできる、おもいやることのできる経営者であるはずのダイコンタロウ。けれどもその思いやりが、今は悪い方向に働いていた。


 人の恐怖を想像することのできる男。


「引き締めって大切だと思うんだよ。人間って言うのは、ある程度の緊張感の中でこそ、本来のスペックを発揮できると思うんだ。という訳でね、ちょっとたきつけてしまった」


「ダイコン、お前、そりゃブラック企業の考え方だぞ」


「これから訪れる厳しい時代に、甘ったれた経営理念じゃとてもじゃないけれどやっていけないよ。よりスマートに、そして、クールに。経営はセンスじゃない、サイエンスでやるものさ。桜くん」


 いつもだったらギャグで済むはずのダイコンの言動。

 けれども、今回ばかりは、俺は彼のそんな軽口を笑うことができなかった。

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