第736話 あぶりゃげのきつねとで九尾なのじゃ

 はい。

 という訳でね。


 もうほんと加代ちゃんの第二のホームと言っていいコンビニ。

 コンビニバイトに今度はチャレンジということになりましたよ。


 出てこい我らがコヨーテちゃん。

 前回のファミレスバイトの失敗を、まったく活かしていない客商売。

 それを選択する彼女のタフネスさに、痺れる憧れるぅ。


 って、んな訳がない。


「……ここが、例のコンビニね」


「……あぁ、せやで桜やん。コヨーテちゃんとが働いているコンビニや」


 かれこれこのコンビニ――系列店とも永い付き合いである。


 なんであれだけ加代さんに迷惑かけられておいて、それでも雇ってしまうのか謎だ。もういいだろうお前って感じに、そろそろ学習して面接の段階でお断りしてくれればいいのに雇うんだから本当にもう。


 まぁ、おかげでいざという時には助かっているんだけれどね。


「まぁ、加代さんの友達ならということで、外国人だけれど雇って貰ったコヨーテちゃんですが、はたしてどうなることやら」


「あれで結構日本語でのコミュニケーションについてはちゃんとできてるからな。割とマニュアル化された接客業ならいけるとちゃうかやで、桜やん」


「せやろか」


「せやないと困るがな」


 お互い、夜でもないのに表情は暗い。


 前回のファミレスチャレンジが尾を引いているといえばウソになる。

 サンドウィッチを頼んでタコスをだされりゃ、そりゃこいつ大丈夫かって気にもなるってものだろう。

 ほんと、大丈夫なのかコヨーテちゃん。


 けれども気にしたって仕方はない。

 今はそう、コヨーテちゃんと加代さんを信じるしかない。


 大丈夫だ。


 これまで加代さんの無茶ぶりに無事に耐えてきたこのコンビニなら、きっとコヨーテちゃんを受け止めることができるに違いない。

 それでなくても、昨今のコンビニは外国人労働者の受け入れに協力的だ。

 その手のノウハウは俺たちより豊富なはず。


 持ってくれよ――コンビニエンスストア。


 まるで最後の戦いにでも赴く戦士のような気持ちで、コンビニの扉をくぐった俺とダイコン。はたして、そんな俺たちを待ち受けていたのは。


「はーい!! 安いよ安いよ!! 大安売りだよ!! 今日は生アブリャーゲの特売日!! アブリャゲ、一枚八十円で提供中なのじゃ!! そこのお兄さん、おにぎりのお供にあぶりゃーげはどうだい!!」


「タコスいかがっすカー!! タコス!! ホットホットよー!! 出来立て、メイクなうでホットなタコスよー!! レッドチリだけれど辛さ控えめ、ジャパニーズテイストに仕上がっているヨー!! ヘイ、そこのナイスボーイ、タコス食わねえか!!」


「「ファミレスより酷いことになってりゅううううう!!」」


 絶句。 

 もはやそこはコンビニではなかった。


 ほっとスナックコーナーという名の、レジ前に展開されたアブリャーゲとタコス売り場。まるで揚げ物のように――いや揚げ物なんだけれど――売られるアブリャーゲ。そして、まるで肉まんのように売られるタコス。


 このようなコンビニがあるだろうか。


 ないだろうな。


 きっと、日本のどこをさかしても、どんなローカルコンビニでも、こんなひどいことになっているコンビニはないだろう。


 なんだよ、あぶりゃーげとタコスがレジ前でたたき売りされているって。


 控えめに言って異国か。

 いや、異国でもこんな惨状ないわ。


 地獄か。

 異世界か。


「ふふっ、まったく、今回もやってくれるね加代ちゃんは。またしても、コンビニとしての概念をいともたやすく塗り替えてくれるとは」


「……貴方は!!」


「なんや、知り合いかいな桜やん!!」


「どうも、毎度毎度、加代ちゃんに騙されて彼女を雇ってしまう店長です」


 加代ちゃんを雇ってしまう店長。

 まさか、このコンビニも貴方が店長だっただなんて。


 さてはここ、フランチャイズじゃなくて直営店だな。


 そして、加代ちゃんをまた性懲りもなく雇ってしまうとは、この店長、相当に無能に違いないな。


 繰り広げられる、アブリャーゲとタコスの大商戦。

 戸惑うお客さんたち。しつこく押されるホットスナックに、セルフレジに逃げ、買わずに逃げとしっちゃかめっちゃかである。


 そこに加えて、煙草を買いに来た強面のおっちゃんたちまでどうしていいか分からず帰る始末。


 おぉ、ここはサファリパーク。

 野生溢れるメキシコの大地。

 試されるワイルドソウル。


 疲れた笑顔と共に、バーコードの髪を揺らす店長。

 もはや、このやり取りもテンプレート。


 おつかれさまでございますと、何度目かになるそれを見送って、俺はいつの間にか眦に溜まっていた熱い滾りを拭うのだった。


 店長。ほんと、いつもごめんね。


「加代さん、それとコヨーテちゃん、ちょっといいかな」


「のじゃ、店長!!」


「店長サン!! どうです、コヨーテの新商品!! 本場メキシカンのタコス、大好評バカ売れ間違いなしです!! ノープロブレムよー!!」


「問題しかないよ!! でてって二人とも、クビだよクビ!!」


「「のじゃぁーっ!?」」


 なんでーって顔してるがそうなりますがな。


 コンビニでタコスとアブリャーゲ売ったらそうなりますがな。


 もっと普通の商品――日本人の舌に馴染みのあるやつを取り揃えてフォックス。

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