第735話 定番のファミレスバイトで九尾なのじゃ

「まぁ、まずはうちのやってるファミレスチェーン店でいっちょ実力を試してやろかっちゅー所やな」


「おい、いきなりなんか就労ビザないときつい感じの話じゃねーの」


 先週の話どこに行った。

 就労ビザがどうこうとか言っていて、加代ちゃんの闇コネクションを利用しようって、そういう感じだっただろうがよ。

 それが何を普通にファミレスで働かせているんだ。


 話の都合がよ過ぎるだろう。


 そんな感じの気持ちを込めてダイコンを見る。

 流石の長い付き合いである腐れダイコン。


 俺のその視線だけでいろいろと察してくれたのだろう。

 分かるでという感じに彼は頷くと、俺に向かって笑顔を差し向けたのだった。


「まぁ、普通に考えて、うちの会社のIT部門の社員として迎えてたから、就労ビザは取った上でこっち来とるわな」


「言われてみればそうだけれど、それで先週あれだけ勿体つけてた訳?」


「ぶっちゃけ、ワイの会社の就労ビザであれこれさせてええんか心配やってんけど。なんや日本はバイトやったら別に就労ビザさえ持ってたら大丈夫なんやて。いやはや、これで一つ賢くなった、桜や――」


 へぶとダイコンの断末魔。

 かしこくなったな、じゃ、ない。

 まったく余計に話をややこしくしてくれやがって。


 お前本当、そういう所やぞ、ダイコン。


 怒りの鉄拳で顎を砕いて――からのファミレス。

 二人掛けの席に座って、ちょこなんと待つこと少し。

 のじゃのじゃとベテランウェイトレスが歩いてきたかと思えば、彼女が俺たちの前に水を置いた。ご注文はお決まりですかという加代さんに、ちょっと待ってねと言づけて、俺とダイコンはメニューを見た。


 そう、メニューを。


 俺たちのこれからを左右することになるであろう、料理一覧がびっしりと書かれたそれを眺めて俺は一言。


「なんで厨房勤務なんだよ、普通にウェイトレスやらせればいいだろフォックス」


「桜やん。あのコヨーテちゃんが人前に出たら、どないなるか分かってるやろ」


「せやかてフォックス、あの胸がもったい――」


「ご注文はお決まりですかなのじゃー」


 怖い顔して同居フォックスがやって来たので真顔に戻る。

 まだ空いていないグラスに、更に追い水を入れて、ジョジョのダービー戦みたいな状態にしていった彼女は、ゴゴゴとオーラを放って再び俺たちの前から去った。


 うん。分かっている。

 浮気は駄目フォックス。


 グラマラスなコヨーテちゃんが、ウェイトレス服に身を包んだら、それなんてエロゲっていう展開になるんじゃないの。

 そんなことを思ったけれど、それは駄目フォックス。

 

 褐色ウェイトレスとか、結構マニアックだけれどそれはそれで需要があっていいよねとか思うけれど。

 それはそれフォックス。


 保護者の加代さんに念を押されてしまっては仕方ない。

 俺はコヨーテちゃんのウェイトレス姿については、残念ながら諦めたのだった。


 とほほ。


 とはいえ、実際問題、立てば転倒、座ればずっこけ、歩けば一寸先に棒の、ドジっ子マスターコヨーテちゃんである。

 そんな子に、フロアをうろうろさせるのは問題があるように思えた。

 思えたけれども、何もフロアを歩いていなければ安心という訳ではない。


「のじゃぁーっ、コヨーテ!! もうちょっと落ち着いて動けと言うたであろう!! なんなのじゃこのトニオさんの料理を食べた後みたいな惨状は!!」


「ソーリーリーダー!! ちょっと、リトルだけ、パンを切ろうとしたら、こんなことに!!」


 聞こえてくるのはあきらかに陶磁器の割れる音。

 そして、コヨーテちゃんの謝る声。


 内勤にしたってドジはドジ。

 何かすればやらかすのはもはや必然。

 約束されたご都合展開まったなし。


 そして、そんな彼女が造るであろう料理に不安がないといえばウソになる。

 いくらセントラルキッチンで調理して、基本的には温めて盛り付けるだけのそれとはいえ、その盛り付けの段階でどんなミラクルを起こしてくるのか。


 うぅんと、俺とダイコンは唸り声をあげた。


「パン一つ切るだけで大惨事起こしているみたいですが、お宅のコヨーテちゃん」


「えっちゃんも言うてたで。コヨーテちゃんには決して台所をまかせてはいけない。レンジ前、取り出し要員としてしか使えないって。せやかて、ここまでとはちょっと思っとらんかったわ」


「これ、ほんと、マジで何頼んでも、死亡案件なのでは?」


「いや、せめてワイらだけでも、コヨーテちゃんの可能性を信じたらんと」


 保護者その二のダイコンが、チワワみたいな潤んだ瞳で俺に言う。

 そうだな、俺たちがコヨーテちゃんの可能性を信じてやらなくてどうするんだって話だな。


 けれども、嫌だよお前。

 こんなくだらないことでみすみす酷い目にあうのは。


 うぅんと唸ってひとしきり。

 俺たちは、ようやくメニューを決めるとウェイトレス加代ちゃんを呼んだ。


「のじゃのじゃー、ご注文でよろしかったのですかー」


「……サンドウィッチで」


「……同じく、サンドウィッチで」


 男二人揃っておいて、サンドウィッチとは情けない。

 さてはおぬしら草食系ぞと言われてもなんも反論できなかったが、もはや、ちょっと凝ったものを頼めば、どんなゲテモノが出てくるかと怖くて怖くて仕方がない。


 しかしサンドウィッチなら、卵が挟まれているだけだ。

 ハムが挟まれているだけだ。

 トマトとレタスが挟まれているだけだ。


 そんな酷いことにはなるめぇ。


 そう信じて、俺たちはサンドウィッチを注文した。

 決してコヨーテちゃんを信頼していない訳じゃない。

 信頼していない訳じゃないが。


 安パイを俺たちは惜しげもなく切ったのだった。


 だってお前、やっぱり、健康には変えられないじゃん、人間やっぱり。


◇ ◇ ◇ ◇


「のじゃのじゃー、お待たせいたしましたー。肉たっぷり、レッドホットチリ系サンドウィッチなのじゃー」


「……タコス!!」


「……タコス!!」


「サンドウィッチなのじゃ!!」


「「いや……どう見ても、タコス!!」」


 そして出て来たメキシカンな見た目の食べ物。

 挽き肉がたんまりと盛られた薄皮のナンみたいな生地に、トマトと一緒に包まれてそれは、実に美味しそうなタコスであった。


 なんだコヨーテちゃん、ちゃんと料理作れるじゃないか。

 心配させてくれるなもう。


「「けど、やっぱりタコス!!」」


「サンドウィッチということにしておいてあげてなのじゃ!!」


 サンドウィッチ頼んでタコスが出て来た人の気持ちを考えてあげてフォックス。

 割と、えっ、ちょっと、軽食のつもりだったんですけど、ってなるから。

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