第730話 新人教育で九尾なのじゃ

 前の会社、さらに言えば前の前の会社で新入社員教育なんかを割とやらされた。

 別にこう教えるのが上手いとか、社内で暇しているとかそういう訳でないし、決して人好きのされる性格ではないのにだ。


 どうして俺にこの仕事のお鉢が回ってくるのか分からない。

 そもそも、俺は結構なダメ社会人で、人に教えるようなこともなければ、むしろ教えちゃならんろくでもないことしか言わないような人間なのに。


 いいのだろうか。

 そんなことを思いながら、毎度毎度俺は新人を教育するのだ。


 そう、そしてそのお鉢は、ダイコンホールディングスに移籍しても回って来た。


「よろしくお願いします桜課長!!」


「ご指導ご鞭撻のほどお頼み申し上げます!!」


「本日はお日柄もよく!!」


「うーん、ホールディングス――持ち株会社――だから、新人が新人の風格じゃねえ!! ちょっと勘弁してフォックス!!」


 回されたのだが、やって来たのが全部俺より年上のおっさんたちばかりだった。

 こんな新人研修ありますと思わず白目を剥く。どう考えても、俺よりも社会経験も、人生経験も、さらに言えば女性経験もありそうなおっさんたちであった。


 あかんこれ、絶対腹の底でいろいろ思われる奴や。

 勘弁してくりゃれ。


「ダイコン!! 新人教育するとは言ったけど、この面子は想定外フォックス!!」


「仕方ないやろ桜やん。ダイコンホールディングスは、ダイコングループの持ち株会社。そら新入社員は、各子会社から上がって来たたたき上げになるがな」


「せやかてダイコン!!」


「引き受けた時点で詰んでたことに気が付くべきやったな桜やん。くっくっく、人がええのも考えものっちゅう奴やな。仕事も頼み事も、ちゃんと詳細を聞いて受けやな――へぶ」


 振っといてなんだよその言い草は。

 俺は容赦なく社長を殴った。

 新入社員の前でぐーで殴った。


 おぉと、当然のように新入社員の間にどよめきが起こる。


 そらそうだろう。

 なんてたって、彼らが心血を注いで働いてきた会社のトップのさらにトップ、雲の上の存在が、はたかれたのだから。


 やってしまったと思いつつ、俺はすぐに自分を取り戻す。

 そうだ、長いこと俺も社会人をやっていない。

 こういう時の切り返しは、俺も心得ている。


「……いいですか皆さん。これが本場のノリツッコミです」


「ほ、本場のノリツッコミ」


「そんな。社長相手でもそんな大それたことができるなんて」


「恐れ知らずのアイアンハート」


 ノリツッコミということにして事なきを得ることにした。


 うむ。

 いやまぁ、実際、そういう側面がない訳ではなかったし、俺とダイコンの仲だし実質ノリツッコミと言えるだろう。


 白目を剥いて、口から涎を垂らしてダイコンは気絶しているが、きっと起きればさっきのはいいツッコミやったでと、彼は言ってくれるだろう。

 俺の新入社員教育担当者としての才覚を見込んでこの役をあてがったのだ。

 きっとここまで織り込み済み。


 それができる経営者なのだ――と思っておく。


「けどいいんですか、社長に対して」


「……宮前くんと言ったね。君は、なんでこんな経験不足も甚だしい若い社長が、阪内で指折りの巨大企業の総裁なんてものをやれていると思うんだ」


「……それは。はっ、まさか!!」


 なんかそれっぽいことを言ってみたが、まったくもって何も考えていない。

 完全にノープランで話している。


 うむ。

 これくらいのアドリブがないと人生は生きていけない。

 言葉にはしないが、そういう所をぜひとも彼らには分かっていただきたい。

 俺が人生経験が俺よりも豊富そうな彼らに向かって、自身を持って言えることはそれくらいだ。


 本当にそれくらいだ。


 そして、この手のことに言葉はいらない。

 男は黙って背中で語るのだ。


 俺は、どう考えても俺よりも老いているおっさんたちに背中を向けると、高い高いビルの果てから大阪の街並みを眺めた。


「社長が若くしてこれだけの規模の会社をコントロールできるのは、彼の手となり足となる意気の通じた社員が数多くいるということ」


「それはつまり、ノリツッコミくらい完璧にこなすくらい、シンクロした社員」


「さっきのは逆パワハラでもカウンターパワハラでもなんでもない、社長と桜さんの阿吽の呼吸を見せつけるためのデモンストレーション」


「つまり……!!」


「結束力こそが……!!」


「私たちが一番学ばなくてはならないこと……!!」


 はー、空気が美味しい。

 高い所は空気が美味しいな。

 別にエアコンで空調管理しているから、高いとか低いとかまったく関係ないんだけれど、くっそ美味しいわ。


 うん、こうして空気が感じられるような人間になれることこそが、社会人として大切なことだよね。


「……さ、桜やんの、そういう逞しいところ、見習って貰おうって。そう、加代やんと話をして依頼したんやけど、これは、いくらなんで」


「はい、ノリツッコミおかわりだよ!!」


「あぼぱっ!!」


 安心して眠れダイコン。

 わが社の未来は、俺が整えておいてやるからよ。

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