第729話 花嫁修業で九尾なのじゃ

 加代さんのお仕事歴が伊達じゃないのはよく知っている。

 IT方面のスキルも高いのに、他の仕事も割とそつなくこなしている辺りから、できるオキツネなのもよくわかっている。それなのに、あぶりゃーげが絡むと途端にポンコツと化すのは、本当にどうにかならないものかとも。


 なのでまぁ、どんな仕事を彼女がしだしたとしても、今更たいした驚きもない。

 たいていの事なら笑って見過ごせると思っていた。


 だが――。


「のじゃ。では皆さん、今日は愛しの未来の旦那さまのために、あぶりゃーげを造るところからはじめてみようとおもいます」


「「「よろしくお願いします先生」」」


 ストップ加代ちゃん。


 素敵な未来の旦那さまになられる方々で、アブリャーゲを愛妻に求めているのはごくわずかだと思うの。


 というか、俺も求めてないから。

 そんなの求めていないから。


 普通に美味しい味噌汁作ってくれればそれでいいから。

 俺、朝は赤味噌派なんだよねとか、そういうつまらないことは言わないから。

 だから待って加代ちゃんステイ。


 今一度考えなおして。


 ここは阪内は交通アクセスのよい場所に在る文化センター。

 そこに集まりしは、アラサー前後の女性たち。

 誰も彼も、容姿にそれなりに気を使い、さらに周りへの印象にもそれなりに気を使って喋る感じの淑女たちだ。


 ナチュラルメイクに見えるけれどもそれなりに苦労しているんだろうな。


 そう、本気の婚活女子たちである。


 彼女たちを前にして加代さんが語ることとは何ぞや。

 先ほどの台詞からお察しであろう。そう、ここは花嫁修業教室。


「この結婚生活のプロフェッショナル、加代ちゃん先生がみんなを一人前の花嫁にしてみせるのじゃ!! 大船に乗ったつもりで頑張るのじゃ!!」


「「「信じてます先生!!」」」


「これで意中の男性の胃袋もぐわしわしづかみ間違いなしなのじゃ!!」


「「「表現が古臭いですけれど、それが逆に頼もしいです!!」」」


 頼もしく思わないで。

 というか、ここまでの加代ちゃんとのやり取りのどこに頼もしい感があった。とんちきなことしか言っていないよフォックス。傍で聞いているこっちとしても不安しか感じないよ。


 男なのに絶対これ違う感しか感じないよ。


 どうして、どうしてこんなことに――。


 数日前、加代から文化センターで講師をやると聞いた時は、まーたそういうお仕事ですか。まぁ、人生経験は豊富だからなと思った俺ですが、まさかの花嫁修業コースとは予想していなかった。


 花嫁なんてなったことないじゃないか加代さん。


 いや、ないよね加代さん。

 ないと言って頼むから加代さん。


 熟練の主婦オーラを発して未婚女性たちに安心感を与える九尾娘。

 花嫁修業のテーマからして間違っているのは見るまでもなく明らかなのだけれど、そこまで自信満々の顔をされると、こっちとしてもちょっと不安になってくる。


 むぅ。


「……加代さん、加代さんや。つかぬことをお伺いするが、よろしいかね」


「なんなのじゃ桜よ」


「こう、なんか熟練の主婦感を出しているけれど、そういう経験ないよね。いや、別に俺としてはあっても構わないんだけれど、なんていうかもしそういうのがあるのなら、隠し立てしないで言ってほしいというかなんというか」


 のじゃぁ、何を言うておるのじゃという顔をする加代さん。


 まったく器が小さいのうという言葉が、唇を弾いていないのに聞こえてくる。

 それくらい明らかに分かりやすい呆れ顔であった。


 そんな表情をするのは分かる。

 分かるけれども、俺の心配も分かってくれ加代さん。


 やっぱりね、好きになった人の過去っていうのは、気になるものなんだよ。それでなくても加代さんは、長年にわたって生きているのだから、気になるのだよ。


 そら長いこと生きていたら、ロマンスの一つ二つくらいあっても不思議じゃないじゃない。そんでもって、こういう教室任されるってことは、それなりに経歴があるってことじゃない。過去にそういう人が居たって思うのも仕方ないじゃない。


 そうじゃない、加代さん。


「まったく、男の嫉妬は見苦しいのじゃぞ桜よ」


「せやかて加代ちゃん」


「安心してくりゃれ。この加代ちゃん――旦那・配偶者の類が居たことは、生まれ落ちてこの三千年一度たりともない!!」


 なんだと。

 いや、マジで。


 三千年間も独り身だったの。

 いや、まぁ、加代さんなら納得できるような気もする。気もするけど。

 ちょっとくらいいい感じになった人もなかったの。


「えっ、なんかこう、気まぐれで助けた村人と、仲よくなってとかそういうの」


「気まぐれで人を助けるようなことはせぬ。生きるのに精いっぱいであった」


「けれども一夜限りの過ちとかそういうの」


「母親の反動でそういうのにはちょっと抵抗があってのう。貞操観念というのは大切にしなくてはいけないのじゃ」


「……じゃぁ、その主婦強者オーラはいったい!!」


 だからこそなのじゃぁと加代ちゃんが叫ぶ。


 何がこそなのか。


 絶句。

 しかし、俺と裏腹、婚活女子たちは真剣に加代さんを見ている。

 中には涙を流しているものまでいた。


 いったい、これはいったいどういう――。


「長い喪女時代があったからこそ、わらわは自分を磨き続けた。つまり、花嫁修業を三千年間続けてきたのじゃ。未来の理想の旦那様のために」


「「「先生!!」」」


「な、なるほど……!!」


「つまりわらわは花嫁ではないが、花嫁の修行についてはプロの腕前。永遠の未婚者、三千年の良妻賢母候補の技を、とくとみるがよいのじゃ!!」


 てぁあぁと凄い手さばきで豆腐を捌きだす加代ちゃん。

 なるほど、そういうことなら彼女が選ばれたのが納得がいった。


 確かに加代さんはプロだ。


 花嫁修行のプロだ。


 永遠の花嫁候補。

 その三千年の修練は、技術的にも精神的にもすさまじいモノがあるに違いない。

 彼女ほど、この講義に参加している女性たちの心が分かるモノもいなければ、それに寄り添うことができる人もいないだろう。


 ようやく、今、俺はいろんなことが腑に落ちた。


 腑に落ちた上で。


「なにはなくともあぶりゃーげ!! あぶりゃーげさえうまく作ることさえできれば、男の胃袋は掴んだも同然!! あぶりゃーげを制する者は婚活を制す!!」


「「「はい、センセイ!!」」」


「あぶりゃーげを信じろなのじゃぁ!!」


 うぅん。


 まず、あぶりゃーげを信じる前に、身近な旦那様候補をちゃんと見て。

 割とあぶりゃーげとかどうでもいいと思っているこの目を見てフォックス。


 そんなだからダメなんだよ加代ちゃん――。

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