第727話 重版入荷待ちで九尾なのじゃ

 街の小さな本屋さん。

 なんてものはここ最近とんと見かけなくなった。

 大型ショッピングモールに出店している、そこそこ名前の通った大型書店。もっぱらそんな所で本は買う。


 寂しい時代になったものだと言ってしまえばそれだけだけれど、インターネットの普及に実際電子書籍やら小説投稿サイトやらなにやら、本のような情報資源の流通は難しい時代に突入している感がある。


 取捨選択が日進月歩で行われ、なおかつ購買者の厳しい視線にさらされる世界で、生き残っていくというのはいかに難しいことか。


 それでなくても本は娯楽である。


「斜陽に向かう社会で、娯楽に使う費用が削られるのは当たり前の話よな」


「のじゃ。またそんな斜めな目線でものを言う。桜よ、そういうひねくれたところを直さないと駄目なのじゃよ」


 ダメじゃないです個性です。

 別にこの性格で難儀していることはあるが、それを直すことの方が難儀なのだからそのままで構わんだろう。なぁに、ブチギレの桜と同じく、シニカル桜くんもまた、よく同僚に言われた二つ名よ。


 今更気にすることなんかではない。


 それにまぁ、そんなことしなくても大切な人は身近に居てくれる訳だしな。


 とまぁそんなことを思いつつも、今日はちょいとばかりそんな相手のご機嫌うかがい。近所にあるショッピングモールの本屋さんで、加代の奴がバイトをし始めたというから、彼女の仕事ぶりを見に来た次第である。


 うむ。


「なんで本屋さんってさ、料理作ってるわけでもないのにエプロンするのかね」


「そんな根本的なことを問われても困るのじゃ」


「貧乳には酷な仕事よな」


「からかいに来たのか本買いに来たのかどっちなのじゃ!!」


 いやはやその両方でございますが何か。

 加代さんの仕事ぶりを確認しつつ、そういや最近買ってなかったなという本を買いに来た次第でございます。


 うむ、本当に貧乳には酷な仕事である。

 エプロンに谷間の一つもできやしないんだから。


 けどまぁ、それはそれでよし。


 写メ撮っていいかと確認すると、当店は撮影はお断りしておりますとやんわり断られる。そうですよねと意気消沈して俺はスマホを仕舞うのだった。


 とほほである。

 帰ったら服着て貰えないか頼んでみよう。


 汚さないから。


「それで、今日はいったい何を買いに来たのじゃ」


「あれあれ、あれだよあれ、鬼を滅する感じの話を買いに来たんだけれど」


「桃太郎なら児童書コーナーなのじゃ」


「バカ言っちゃいけねえよお前。日本一優しい鬼退治を求めてんのよこっちは」


 分かっているだろう加代さん。

 俺と一緒に熱烈本誌応援組のくせして。


 そう。


 久しく現物の本から遠ざかっていた俺だが、流石にあの作品を前にしてオタクの本能である蒐集癖に火がついた。これは現物も買いそろえて棚に飾らねばなるまいと思い立ち、現ナマ握りしめてやってきたという次第である。


 スロットで大勝したわけでもないのに、こんなことを思わせるのだから、鬼を滅する刃の話は本当にすごいというものである。


 やはり、長男の濁りのない目がいいんだろうな。

 そうなんだろうな。

 いろいろと大変なことになっているけれど。


 ここまで話せばもう分かってくれるだろう。

 読者も、そして加代ちゃんも。


 そう――。


「どこにも置いてないんだけれどどうなってんのこれ?」


「……のじゃ。申し訳ないのじゃ。現在、例の本は重版入荷待ちで店頭にございませんのじゃ。予約もいっぱいいっぱいで、入荷数か月待ちとなっております」


 ということである。


 なんでや。

 なんであんな社会現象になるレベルの人気作品なのに、本がどこにも置かれていないんや。面陳もされていないし、新刊コーナーにもない、売れていますのコーナーにも見当たらないし、そもそも出版社のブースに見る影もない。


 特設コーナーが造られたっておかしくない作品なのに、どうして。


 と、思ったらこれである。


 うすうすとその理由について気がついてはいたが、実際に販売員の口からその理由を聞くと言葉も出ない。俺はきょとんとその場で目をしばたたかせたのだった。


 ――うぅん。


「こんなことって、そうそうあるもんなんですかねぇ?」


「なかなかないのじゃ。それこそ、わらわもいろんな本屋でバイトしてはクビになって来たけれども、これだけの入荷薄は初めてなのじゃ。需要に供給が完全に追いついていない」


「だよね。ラノベとかなら分かるけど」


「あれはそもそも少部数で局所的な配布」


 それ以上言ってはいけない。


 なんにしても、雑誌としても全国区で認知されており、なおかつ作品としても抜群の知名度があり、メディアミックスも成功した作品がここまでのことになるとは異常な話だ。


 それだけ凄いということか。

 それとも、それほどまでに出版業界が保守傾向に走っており、数が集められないということか。


 たぶん前者。


 間違いなく、時代の一作なんだろうな。


「いやはや、我ながら凄い時代に生きてるなと思ってしまったよ」


「のじゃのじゃ。という訳で、予約していくのじゃ?」


「うーん、それならそれで、ブームが落ち着いてからでもいいかなと思うんだよね。それまで熱が残っているか、ちょっと微妙に感じる部分もあるけど」


 電子書籍でいいやってなる前に、ぜひとも供給を充実させていただきたい。

 いやはや、しかしそうなると、今日は加代さんの仕事姿を見に来るだけになってしまったか。

 それはそれで、なんかあれだなぁ。


 うぅん。


「なんか他におすすめの漫画とかないの?」


「のじゃぁ、それなら、同じ出版社で呪いを術する学生の話があるのじゃが」


「わはは、加代さん、それも俺と一緒に追っかけてる奴じゃん」


 けどまぁ、同じ感じで書店から無くなりそうよな。

 もうすぐアニメ化もするわけだし。


 うむ。


 あるうちにこういうのは買っておくに限る。

 俺は加代さんに、買っていいかと目配せでサインを送るのだった。


 こういうのはホント、鉄は熱いうちに打てよな。


 刃だけに。


「のじゃのじゃ。しかし、この問答、今日に入ってもう十回目なのじゃ」


「どんだけ人気なのよ。流石、オリコン調べでトップ独占し続けるだけあるなぁ」


「狐を滅する刃の話であったならば、わらわたちにも波及して何かこう恩恵があったかもしれないのに。ちと残念じゃのう」


「……滅されていいのか加代さん」


 クビになりすぎて、大事な感覚がマヒしていません。

 ちょっと落ち着いた方がいいのでは?

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