第721話 現役女子大生で九尾なのじゃ

 はぁ、と、現役女子大生がスタバのカウンターでため息を吐きだす。


 なんというかそれだけで随分絵になるシーン。

 もうドラマのワンシーンにしちゃってどうぞという青春の一ページ。

 

 そして、モデルもまたいい。


 深窓の令嬢。

 加代さんと違って、正統派にして清純派のヒロインな風格を醸し出すのは他でもない――。


「どうして、大学の皆さんは、彼氏の学歴でマウントを取り合うのでしょう」


「ポケ〇ンみたいなもんだろ。どっちのステータスが上、どれだけレアなモンスターを持っているかみたいなのを自慢したいんだよ」


「……のじゃ。今、すごく任〇堂に失礼なことさらりと言うたのじゃ」


 そう、まさしく令嬢オブ令嬢。

 彼女こそ俺が知りうる女性の中で、おそらく一番生まれついてのお嬢様。

 加代ちゃんのお母さん――妲己さん――もすごいけれど、あれはお嬢様というよりもなんか違う何かなので除外するものとする。


 ナガト建設副社長。

 陸奥さんの孫娘の葵ちゃんである。


 そう、今日俺たちは久しぶりに、葵ちゃんに呼び出されてスタバにやって来ていた。真剣な、女子大生の悩みを聞いてほしいというから、どれどれよっこらしょと重い腰を上げてスタバにやって来た。


 したらこのガールズトークという名の愚痴である。


 成人男性の三大苦手の一つ。

 女性のとりとめのない愚痴である。


 勘弁してくれーというものであった。

 そら任〇堂さんにも迷惑かける喩が出てくるってもんですわ。


「……葵ちゃん、学外にも友達のグループとか作った方がいいよ?」


「……のじゃぁ。頼ってくれるのはありがたいけれど、こういうのは歳の離れた相手にするもんじゃないのじゃ。そもそも、男に対してするものじゃないのじゃ」


「そんなぁ!! お二人だけが頼りなんですよぉ!!」


 事の発端は、とある授業を前にして彼女が属しているなかよしグループでの会話から始まる。


 彼女の高校時代からの友人が、最近できた彼氏についていろいろと話すうちに、うちのところは、私のところはと、喧々諤々のやり取りが始まったのだそうな。


 もちろん葵ちゃんに彼氏は居ない。

 一人蚊帳の外で聞いていた彼女は、話に混じれない憤りでもなく、仲間内がギスギスすることへの憤りでもなく、彼氏への扱いに憤りを感じ、それを聞いて欲しくて俺たちを呼んだという次第であった。


 ピュアピュアか。


 流石は無菌培養の箱入り娘。考えることがピュアい。

 あの清濁併せ呑んで、必要とあればなんでもする陸奥の爺さんの血から、この娘が出たと思うとちょっとびっくりである。


 いや逆に、それだけのことをしてきた爺さんだからこそ、無菌培養したのかもしれんが。


「私は別に、彼氏がIT土方だろうと、結婚はできないけれどステディな関係の人が居たとしても、男らしい一本芯が通った方なら構わないと思うんです」


「……葵ちゃん落ち着け。まず、結婚はできないけれどステディな関係の人がいる時点でそいつは一本芯が通っていない」


「ほんに、ブレブレのろくでなし男なのじゃ」


 加代さん、俺を見ないで。


 いや、俺だってそろそろかなとかは思ってますよ。

 オキツネネットワークを使えば、たぶん戸籍とかは用意できるだろうし、なんていうか一緒になること自体はそれほど難しくないだろうなとは感じていますよ。


 けれどもちょっと待って。

 まだ俺、家庭を持つ自信は持ち合わせていないです。


 ほんとごめんね。


 まぁ、そんなことはともかく。


 葵ちゃんに言っておくべきことがある。

 そう、大人として一言、彼女に言わなければならないことがある。


「葵ちゃん。君のその純粋さは、正直言ってとても尊いものだと思う」


「桜さん。そんなことないですよ」


「けれどね葵ちゃん。世の中、そんな甘い話ばかりじゃないんだ。もうちょっと、シビアに現実を見た方がいい。君の友達たちは、少なくとも君よりよっぽど現実を見ているよ」


 えっと葵ちゃんが戸惑った表情を見せる。

 きっと彼女は俺が、彼女の言葉に同意してくれると思ったのだろう。


 しかし、現実は残酷である。

 いや、大人は残酷と言うべきだろうか。


 ろくでなしだから分かることがある。

 ろくな学歴を持っていないからこそ分かることがある。


 そう――。


「人間、やっぱりいい学歴の方がまともな仕事に就けるし、潰しも効くんだよ。理想だけじゃお腹は膨れないよ葵ちゃん」


「……そんな」


「のじゃのじゃ。なんだかんだ言って、まだまだ日本は学歴社会。それを覆して世の中で活躍しようと思うには、それなりのバイタリティが必要」


「そんな男気のある奴、最近はいないからな。だからまぁ、学歴がそこそこある将来有望な安パイを掴んでおくのは間違っていない判断だ。少なくとも、親が大学に通わせるだけの財力を持っているのは間違いない。いざとなったら親を頼れる」


「そんな、親を頼るだなんて!! 軟弱です!! 男子、齢二十を越えたら、外に出て自活するのが日本男児というもの!!」


 やめて葵ちゃん。

 その言葉の槍は絶賛親元に同居させてもらっている俺に刺さる。

 しかも、一緒に内縁の妻っぽい狐も世話してもらっている。


 ズブッズブに刺さる特攻攻撃だよ。


 彼女、俺が独り暮らししていた時の事しか知らないから、こんなことを言うんだろうな。


 思わずスタバのカップを握りつぶしそうになる。

 それをなんとかこらえながら、俺はこの夢見るピュア女子に、いったいどう言えば分かってもらえるのだろうかと、そんなことを思った。


 いやそりゃ理想は理想だよ。


 男だったら学歴関係なく、腕一本で世界を相手にやりあうような、そういうでかい奴になりたいものさ。けれども、そんな彼の前には、学閥やら何やら、いろんな繋がりを持った集団が待ち構えているんだ。


 そういうの、全部なぎ倒して前進するだけの力なんて、なかなかないもんです。

 陸奥の爺さんが異常なだけ。


 なんだけれどな――。


 なんで俺を見るかな――。


「桜さん、どこかに居ないですかね。桜さんみたいに、自分の力一つで社会を生きている。そんな立派な男は」


「いやー、いないかな。少なくとも俺の周りには」


 目の前の夢見る乙女を目覚めさせる特効薬はないものか。

 考えてみたけれど、まったくいい顔が思いつかない。


 いかんせん類は友を呼ぶ。

 俺の友人は揃いも揃ってろくでなし。

 とてもじゃないが、彼女のお眼鏡にかなう人間もいなければ、かなった上でぶち壊す人物も――。


 いや、待て。


「一人、知っているぞ、そんな男」


「のじゃ!?」


「本当ですか!?」


 ぜひ紹介してください。

 そう言って俺の手を握る葵ちゃん。

 彼女の希望に満ちた瞳を覗き込みながら、あぁ、この顔が絶望に歪むことになるんだなと、そんなことを俺は思ってしまうのだった。


 あとで陸奥の爺さんに怒られやしないだろうか――。


 大丈夫だよな。

 だって。


◇ ◇ ◇ ◇


「ワイやで!! なんや桜やん、会わせたい人が居る言うて呼び出すなんて!! せっかくワッシントンで現地企業の社長連中と会議してたのに酷いやないか!!」


「こちら、親から受け継いだ財産こそありますが、誰にも頼らず一人で大企業を支えるいぶし銀、ダイコン氏になります」


「……のじゃ、そう言えば、ダイコンのもやり手はやり手」


「言ったれ、ダイコン!! お前の最終学歴!!」


「バカ〇大学法政学部卒!! つまるところ高度な高卒の暗喩やで!!」


「チェンジで!!」


 流石ダイコン。

 頼りになる男だぜ。


 よかった、間違いなく自分の腕一つで生きている、男の中の男だけれど、女性からすると生理的に無理な男が親友で本当によかった。


 なんでやと叫ぶダイコン。

 最近は、加代さん弄りよりこっちの方が板についてきたなと思いながら、俺は男の中の男にして親友の肩を慰めるように叩いたのだった。


 ダイコン。


 お前がいい男なのは俺がよく知っている。


 けれども世の中には、生理的に無理な男というのが、少なからずいるのだよ。

 わかれ。

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