第722話 前野の野望~天命編~で九尾なのじゃ
俺の名前は前野忠弘。
とあるIT企業の主任をやっている男だ。
なお、三十歳になると自動で昇進する感じの主任なので、あまり実力はない模様。おそらく、今後も主任以上になることはなければ、係長になることもない、主任馬鹿一代で終わるだろうそんな男だ。
なので俺は風俗店に行くとき必ず――。
「いやー、部の若い子はなよなよしたのが多くってさぁ。ゆとり教育の弊害だろうかねぇ。すぐできませーんとか泣き言をいう訳だよ。そこで俺の出番って訳さ」
「すごーい」
「流石部長さん」
「実力で部長になっただけあるー」
部長を勝手に名乗らせていただいております。
はい。
当然そんな立場になれるはずもなし。
大嘘こきまくりである。
会社の規模的にも組織的にも、数少ない部の長の席。そんなんなってたら当然役員、絶対にもっといいクラブ言ってますって感じ。
なのに、俺は部長を名乗ってクラブに通っております。
「はい、部長さん、アーン」
「アーン」
差し出されたマスカットを口にする。
きっとデパ地下やら、夜のお店ご用達の青果店から仕入れたそれは、そこそこのブランド品なのだろう。
色つやもよく痛みもない。
綺麗なグリーンのそれ。
しかし、なんの味もしなかった。
酒に酔った訳ではない。
ただただ虚しかったのだ。
そう、自分のやっていることが虚しくないと言えばウソになる。
女の子たちとこうしてワイワイと騒ぎながら、自分は何をやっているのかと、ふと冷静な自分がこちらを見ている気がする瞬間が何度となくあった。
けれどもやはり、三十を越えてただの主任が、会社の経費――しかも自社じゃなくて派遣先の会社の――で、風俗店通っていることの方が虚しい。
この虚しさを埋めるためには、むなしさをむなしさで埋めるしかない。
そう、人の心にぽっかりと空いた穴は、そんな簡単に埋められないのだ。
そして――。
「女の子相手に格好つけたくなるのは男の性!!」
「……どうしたの部長さん?」
「……いきなり叫んで?」
どうやら力が入って気持ちが声に出ていたらしい。
いかんな、さっきのはちょっと一流企業の部長らしくなかった。
ついでに言うと、勤め先もダイコンホールディングスと偽っている。
もう桜たちにバレたら〇される勢いの、
ふふっ、ははっ、ふはははっ。
しかし、大丈夫。
「だってここは出張先!! 雇い主のダイコンさんも!! 加代さんに操を立ててる桜の奴もここにはいない!! 勝る!! この勝負、俺の――」
◇ ◇ ◇ ◇
「……のじゃぁ、経理からのタレコミの通り前野が居ったのじゃ」
「……うわぁ、まったく個性のない顔だから、叫ぶまで気が付かなかったよ。ほんと、安定のモブ顔だよなアイツ」
「……顔面全体でザ・平社員やってるなぁ前野やん。まぁ、ワイも人のこと言えんけど」
「「どの顔」」
夜の店だというのにサングラス。
明らかにモブ顔ではない、準主役級の顔をしているわが社の社長にジト目を向けて、俺たちは言った。
この顔やがなと言う辺り、自分の顔面偏差値を理解してはいないらしい。
女性から生理的に無理と思われているのは理解しているのにこの性格。
いったいどういう脳みその造りをしているのやら。
それはともかく。
「げぇっ!! 社長!! 桜!! それに加代さん!!」
前野が飛び上がるようにその場に直立する。
握りしめた手の中のカクテル――カルーアミルクが可愛く揺れる。
お前、それ、女の子の前で飲む奴じゃねーぞ。
むしろ女の子が飲む奴だぞ。
そう。
問題はこの男であった。
ダイコンホールディングスの経理部から申告があった。
なんでも、前野の奴が出張に行く先々で、接待費を理由に領収書を上げてくるのだという。
接待の実態があるのかどうか、そこのところは一緒に行った人物がいないので分からない。すべて一人出張なので判別がつかない。なのでとりあえず経費にしているが……。とまぁ、そんな経緯で、雇い主である俺たちの所に、これ大丈夫ですかねと相談が来たという訳である。
しかしまぁ、行く先々でこんなキャバクラ通うもんかねと思っていたが――。
「まさか本当に行っているとは」
「のじゃぁ。こやつ、流石は桜の友人だけはある。筋金入りなのじゃ」
「ちょっとちょっと加代やん。やめてやー、それやとワイもそういうお店に、出張の度に通ってることになるでしかし」
「……行く先々の児童養護施設に」
「……虎のマスクを被って」
「あ、なにそれ、ちょっとよさそう……ってやらんがな!!」
ダイコンを弄ってとりあえず一呼吸置く。
まぁ、横領というほどの額までは行っていないし、格安のキャバクラなのでそこまでの請求額が来ている訳でもなし。
社長も知った仲なので、ここは穏便に注意して済ますことにする。
済ますことにするが。
ちと、面白いことを言っていたなこいつ。
「いやー、探しましたよ前野部長。こんな所にいらしたんですね」
「のじゃのじゃー。女だからっておいていかなくてもいいのじゃ。これもお仕事、どこでもお供しますなのじゃー」
「せやで前野くん。いつもお仕事ご苦労さん。言うてくれたら、もっとええとこ連れていったったのに」
知り合いの体で前野部長の席に乱入する。
突如として現れた部下となんか部長より上っぽい感じの――その前に釣り漫画の主要登場人物みたいな――男の出現に戸惑うキャスト達。
そんな彼女を置いてきぼりに、俺たちは前野を左右から囲った。
前野よ。
キャバクラに行くなとは言わん。
出張なのだから、それくらいの役得はあっても別に構わん。
しかし――。
「接待ご苦労様ですね。それで、先方の皆さんはどちらに」
「のじゃぁ、取引先のえらいさんの顔が見えないのじゃ」
「ワイも会社の顔として、ちゃんと挨拶しとかんとなと思ってたんや。前野くん、ちょっと説明してくれるか」
「接待なんですよね、前野部長」
行くならば、自分の金で行け。
出張費もうちの会社から出てるし、ついでに言えば、派遣元の会社からも出てるだろう。まったく、何をせこいことをしているのか。
うぅん、と、笑顔で前野で迫る俺たち。
根は小心者。小悪党な前野はすぐさまその場に倒れこむと、すみませんでしたと声を張り上げるのだった。
やれやれ。
謝るくらいなら最初からやるなってえの。
「のじゃぁ、まったく、男はどいつもこいつもなのじゃ」
「あ、心外なのじゃ加代さん」
「ワイら二人はしっかりした大人やから、会社の金で遊んだりなんかせえへん」
「……もつ鍋、きりたんぽ、松前蟹」
「「出張先でいいもんくらい食ったかてかまへんやんけ!!」フォックス!!」
ビジネスマンはお疲れなのだ。
前野だってまぁ、情状酌量の余地はあるのだから。
そんな言わないであげてフォックス。
というか、出張にそれくらいの楽しみくらい持たせてフォックス。
「……まぁ、女遊びせんだけ、前野よりはマシじゃのう」
「……ふっ、どうやらまだバレて」
「しゃーくーらぁー?」
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