第720話 職人気質で九尾なのじゃ
「バッキャロウ!! こりゃおめえ売りもんなんだぞ!! もうちょっと丁寧に扱いやがれ!! こいつで俺ら飯食わしてもらってんだぞ!!」
「す、すいません――」
ここはダイコンホールディングス傘下の会社。
その職場で、いかにも頑固一徹、十五の頃からたたき上げ、腕一本で職人の世界を生きてきましたというおっさんが、周りがドン引きするような気炎を上げた。
あらまぁ元気なことですこと。
仕事に熱心なのは大切だし、自分の飯の種だと意識して仕事をするのは、社会人としての自覚があるなによりの証拠。なにより、自分の仕事に誇りを持ってなくちゃ、そんな台詞を吐き出すことはできないだろう。
とはいえ――。
「ここフードコートだぞおい」
俺はダイコンホールディングス傘下が運営するフードコート。
その無線システムの調整の手を止めて、その威勢のいいおっさんを注視した。
同じく、俺の隣でおっさんを見つめるのは加代さん。
いつもなら怒鳴られている立場の彼女は、ぽかんとした顔をして、無線端末を握りしめていた。
なんだあのおっさん。
しかも、飯のタネとか言ってたのタピオカドリンクだぞ。
丁寧に扱えと言ったが、割と怒られているねーちゃんの方が丁寧に扱っている。
説明を求める。
状況が付いていけない俺はすぐさまダイコンに電話をかける。
するとダイコン、流石はできるビジネスリーダー。
ワンコールも待たずに彼は電話に出た。
「おっす、おらダイコン。桜やんからの電話はだいたいクレーム。オラ、もう着信した瞬間からドキドキすっぞ」
「いや、そういう小ボケはいいから。それより、なんか今日向かったフードコートで偉そうにしているおっさんがいるんだけれど」
「……あぁ、池やんね」
やはりダイコンも把握していたか。
なんか俺の電話を着信した時より下がったトーンにヤバみを感じる。
やっぱ問題になってるかーと呟いて、ぽつぽつとダイコンは件の人物――フードコートで謎の気炎を上げるタピオカおじさんについて語り始めた。
「いやな、池やんは前はうちの製造系子会社のラインで働いてたんや。ライン長で、もうちょっと頑張ったら工場長になるやもしれんレベルの社員やったねん」
「のじゃ、なるほど。元バリバリのたたき上げ」
「現場のエリートということか。この世で学歴だけ立派で仕事のできない新入社員の次に扱いの厄介な人材だな」
「せやねん。いや、前の仕事で頑張ってるときはそれでもよかったねん。なんやかんやで、こう周りともうまくやれとったさかいな。けどまぁ――」
前の会社が業績不振で統合してなぁ。
と、ここからは坂道を転がるが如く。
ラインが変わり、造るモノが変わってしまえば、仕事の内容もがらりと変わる。
そしてなまじ前の仕事で責任ある立場にあっただけに、自分のふがいない仕事ぶりに納得ができない。
結果、池やんこと彼は、統合された工場のラインでおちぶれにおちぶれ、挙句の果てにはアルコール依存症により休職。リワークを経て、なんとか社会復帰できるレベルまでは持ち直したが、前の会社への復職については拒否した。
ホールディングス子会社の人材斡旋を経由して、今のフードコードへとやって来たのだという。
社長の覚えめでたきかつての仕事人。
そんな奴がいきなりフードコートにやってくれば――そりゃ扱いも難しくなる。
そして本人も次こそはと意気込んでいるのが輪をかけて性質が悪い。
「根は悪い奴やないねんや。爺やんからも、池やんは融通が利かんところがあるからと言われてるさかい、そこはワイも分かってるねんけど」
「いやけど、フードコードで工場のラインのノリをやられると流石に周りが引くぞ」
「しかもタピオカ屋なのじゃ。女子高生たち、完全に距離取ってるのじゃ」
どうしてそんな所に、こんな職人を配置したんだ。
そんな思いをよそに、職人池やんは丁寧――というには随分荒っぽい手順でタピオカドリンクを作り上げていく。
逃げ損ねたウェーイ系の大学生に向かって、ドンとドリンクを叩きつける。
その指先は、ちょっぴりドリンクの中に浸かっていた。
ラーメン屋じゃねーんだから。
「あいよ、タピオカカフェオレ一丁!!」
「どう見ても人員の配置ミス」
「のじゃぁ、早急に人事異動をするのじゃ。やっぱり、人間には向いた職場というのがあるのじゃ。あきらかにアレは、フードコートにミスマッチなのじゃ」
「……前の会社はナタデココの製造工場やったから、ワンチャン行けるやろと思ったんやけど、やっぱ池やんにタピオカ屋は無理やったか」
ナタデココの製造工場であのノリだったの。
逆に、ナタデココ作ってるのに、あの剣幕で怒られらたら怖いわ。
いや、人の口に入るものだから、品質管理は大切かもしれないけれど。
けど大半がパートのおばちゃんでしょう。そんな人たち相手に、あの調子で注意していたとか、考えるだけでなんかもやっとするわ。
というか、ナタデココの製造に熟練の製造技術とか必要なの。
分からん。缶の中でぐっちゃぐっちゃにシェイクして飲むスタイルのナタデココしか知らないから俺には分からん。
分からんが池やん。
「視ろ、このタピオカの真円度を。このタピオカを造るには、一粒一粒丁寧な工程管理が」
「……明らかにタピオカ屋に求められる技術レベルを越えてる」
「……のじゃぁ、過剰品質なのじゃ」
タピオカ一粒一粒の綺麗さとか、みんな求めていないから。
きっとナタデココも、平行度がとか表面性状がとか、そんなことを言いながら作っていたんだろうな。
池やん。
「どうです、加代さん。数々の工場をクビになってきたオキツネとして池やんは?」
「のじゃ。いい職人は、手の抜ける所は徹底的に手を抜くのじゃ」
なんでもかんでも完璧にやればいいってもんじゃない。
池やんのおっさんにはもうちょっと、なーなーで物事をやるということを覚えてもらいたいなと、そんなことを思う俺たちなのであった。
そう、何事も完璧を求めすぎてはいけない。
手を抜けるところは抜くのが、本当に熟練というものなのだ。
「まぁ、抜きすぎるとこのオキツネみたいになるんですけどね」
「のじゃぁ!! 抜いておらんのじゃ!!」
「……いつぞや豆腐屋の豆腐を全部油揚げに」
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