第719話 働き方改革で九尾なのじゃ

 大企業から逐次適応されていく働き方改革。

 ちゃんと定時で仕事を終わって、家に帰って家族と一緒に食卓を囲む。

 心も体も疲労をしっかりと落として今日も元気だご安全に。


 それこそが健康的なライフワークバランス。


 しかしながら、そもそもそんな疲労を伴う仕事をさせている時点で、働き方がまずいのではないのか。根本的に、一人当たりに割り当てられる仕事量をコントロールできないと、改革なんて成功しないんじゃないのか。


 そして。


「家に帰ることが幸せとは必ずとも限らないんだよな」


「わかりみやで桜やん」


 大企業オブ大企業。

 ここはダイコンホールディングス、WEB技術開発課のオフィス。

 パソコンでかたりかたりと一人ランニングマネージャーをかましながら、俺はふらりとやってきた社長とながら雑談をしていた。


 この社長、仕事の振り方は大胆だが、人の扱い方は分かっている。

 なんだかんだで俺の身を心配して、こまめに顔を出してくれるのはありがたい。


「すまんなダイコン。なんか気を使わせて」


「いや、ほんまやで。桜やん以外の社員はとっくに退社してるのに、一人だけ残ってごっつ仕事してるんやらか困ったもんやっちゅうねん。自分、仕事し過ぎや」


「……え?」


「部長やらなにやら行くより、ワイが行った方が話になるやろ言うことで、毎度顔出してるけどええかげん分かってや。まぁ、桜やん仕事している時になんや人でも〇すような気迫で怖いから、しゃーなしなんやけどもな」


 いろいろと初出の情報が多くて反応に困る。


 えっ、ちょっと、友情とかそういうので来てくれているんじゃないの。


 というか、俺以外の社員は全員帰ってるって、そんな。

 大企業でありえなくありませんかそんなホワイト体質。


 そして、怖がられるって。


 なんで。

 俺はこんなにも人畜無害な桜くんなのに――。


 しかしながら、辺りを見回せば確かにフロアに残っているのは自分だけ。


 時刻は午後七時。

 これからがIT戦士の本番だぜという時間帯だというのに、フレックスにしたって不思議なくらいに、そこには誰もいないのであった。

 どうなってんねんホンマこれ。


「……マジか、ショックだなこれはこれで」


「まぁ、それはそれ。心配してんのはほんまやで。桜やん、ブラック根性がなかなか抜けきれへんのもあるけれど、なんや悩みがあるんやろなとは思うてんねや」


 ここはひとつ、親友のワイにどんと胸の内を話してんか。

 どんと胸を叩いてダイコン、強く叩きすぎたのかえほえほとえずく。


 頼りがいのない親友である。


 とはいえ、そんな道化じみた行動に、心が絆されたのも事実。

 悩みを抱えているのも事実。


 俺はちょっと観念して、ダイコンの奴にここの所抱えている悩み――家に帰りたくない理由を語り始めたのだった。


「まぁあれだ。家に帰って、一家そろっての家族団らんってのが、悪いもんじゃないというのは分かっているんだ」


「せやろなぁ。まぁ、ワイは家族おらんから、小説やら漫画やらの知識しか」


「……すまん」


「いやいや、気にせんでええがな。最近はなんや、コヨーテちゃん引き取ってから、ちょっとにぎやかにはなってる感じやしな」


 こいつにこういう相談していいものかとちょっと悩んでしまう。

 そう言えば、ダイコンは若くして親類縁者を失くしていたんだよな。

 そんな彼に、俺が抱えている悩みってのは、いささか贅沢なのかもしれない。


 贅沢なのかもしれないが。


「それでも辛いものは辛いんだよ」


「桜やん」


「家に帰って、家族と一緒に食卓を囲む。それがどうしても辛いんだ」


「なんや、それが普通の幸せみたいに語られることもあるけれど、そこは家庭によりけりやもんな。一人で飯食う方が、気が楽でええわみたいな話もあるわな」


「そうなんだよ!!」


 一人で飯食っていた方が気が楽なんだよ。

 家族みんなで食うと、神経を擦り減らすんだよ。


「親父とお袋が、孫はまだかみたいな感じで、俺と加代にさりげなく圧力をかけてくるのがしんどいんだよ!!」


「……」


「シュラトとアリエスが、ほぼ無職の癖になんかいちゃいちゃしてて、お前らもうちょっと自分の将来をちゃんと考えてからそういうことはしろって、いたたまれない気分になるんだよ!!」


「……」


「なのちゃんとドラコは基本的に無害なんだけれど、時々――夜中におにーちゃんとおねーちゃんの部屋から声がするけど、何してるのーとかちょっと返答に困る質問をしてきて、それはそれで返答に窮するんだよ!!」


 加代さんだけならいい。

 あいつと二人暮らしなら、俺は速攻で家に帰ることだろう。


 しかし――。


「いくらなんでも、この年齢で実家暮らしはいろいろしんどいというか。いや、まぁ、長男だからいつかは地元に帰ることは覚悟してたけれど。それでも同居がここまで大変とは」


「……桜やん」


「家族でも、一緒に生活するのってこんなに大変なのかって思っちまうんだよな」


 だからこそ自己嫌悪。

 ここまで誰にも話さずため込んできたわけである。

 こんなん恥ずかしくって、加代はもちろん前野やら皆には相談できない。


 表面上も実際も仲の良い家族である。

けれども、やはり、プライバシーというか、最低限のプライベートは必要。どこかで区切る必要があるのではないだろうか。


 そんなことを思ってしまうのだ。


 キーボードを止めて、ダイコンの方を振り返る。

 家族のいない彼にはこの問いは難しいかもしれない。しかし、彼は俺の視線に頷きで答えてくれた。分かるでという感じに肯定の素振りを見せてくれた。


 流石社長の貫禄である。


「まぁ、それだけ色々言われたら、流石に家帰るんも辛いやろな」


「分かってくれるかダイコン」


「分かるで。ワイも家族はおらんけど、メイド長のえっちゃんやらコヨーテちゃんに、食事の度にいろいろと言われるのはしんどいでな。いや、ほんま、家族や言うても、そこはお前ちょっとは考えろやいうもんや」


「……ダイコン」


「……桜やん」


 外で働き、疲れた体に響く家族のごたごた。

 家に帰ったら頼むから静かに休ませてほしい。

 その想いは社長でも平でも同じ。


 俺とダイコンはこの厳しい社会を生き抜くビジネスマンとして、確かにその悲しみを――。


「って、どっちも家族団らんちゃうがな!! 六割他人やがな!!」


「本当だよ!! そりゃ、そんな家に帰って居心地いいはずないよ!!」


「どうなってんや、ワイらの家庭環境!!」


「エロゲの主人公だって、もっと肉親率高いわーいわーいわーい!!」


 ほぼほぼ食卓を囲む奴らは他人であった。


 なんだこの他人率。

衛〇さん家かよ。

 いや、あのスピンオフ作品はあの作品で幸せ全開。

ほのぼの癒しの一直線だというのに。


どうして俺たちだと本編みたいになってしまうのか。


 あぁ――。


「麻婆豆腐でも食べに行くか、ダイコン」


「近くに王〇あるから、そこでええかな、桜やん」


 俺とダイコンは今日は外食して家族のだんらんを回避することにした。

 社長に誘われたのだ、たまには外食して帰ったって許されるだろう。


 こうして、俺たちは大人になっていくんだな。

 いっぱいひっかけて家に帰ってくる、ナミ〇イとマス〇の気持ちが分かった夜であった。

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