第717話 古書堂の魔で九尾なのじゃ
小学校からの友人が近所で古本屋を始めたので顔を出してみることにした。
いや、地元で親と同居して暮らすようになって、割と早い段階で気が付いていたのだけれど、そこはほれ男の友情という奴。
いつか会おうで結局顔を出さないまま、今日までずるずると来てしまった。
まぁねぇ。
通勤途中の道にあるならともかく、日常とは別方向の場所にあるのだから、そりゃ足が遠のくのは仕方がないってもの。むしろ、よく忘れずにやって来たと、自分を褒めてやりたいくらいのもんである。
そう、流石にあんなやり取りをした手前悪いなと思って、ようやく重い腰を上げた俺は、休日に加代を連れ立って古書店に顔を出したのだった。
そしたら――。
「いらっしゃいませー」
知らん女の子が出てきた。
なんかこう、若い見た目。
いかにも学生という感じのアルバイト少女が出てきた。
けれどもなんか和服を着ている。
加代さんだって来たことのない、普段着っぽい和服を着ている。
え、なに、ここって業の深い感じの古書店。
古書店の名を借りた、なんか馬車〇みたいな喫茶店的な何かな訳。
というかお嬢ちゃん働いていい年齢なの。
そもそも俺の友人とどういう関係。
どういうことどういうことどういうこと。
そんな想いで頭が混乱している横で、あっと加代が声を上げた。
そして、すぐさま俺はこれがなんかいつもではないが、レアなパターンに入っていることに気がついたのだった。
「のじゃぁ、座敷童のひーちゃんではないか!! どうしたのじゃ、こんな古書店で!!」
「加代ちゃんさん先輩。ご無沙汰してますぅ。見ての通りアルバイトですよぉ」
はい、加代ちゃんのお知り合い。
妖怪の娘さんでございましたよ。
なんかね、こう女キャラクター出てくると、妖怪か彼女と同じレベルのドジっ子かっていう傾向がありますよね。
いや、俺が勝手に思っているだけですけれども。
なんにしても、出てきた和風少女に戸惑っていた俺は、思いがけず加代さんが知り合いだったことでほっとしたのだった。
いやほんと、ツレの店行って知らん人と鉢合わせるとかどうせえっちゅうねん。
そんなんで狼狽えてたら仕事なんてできないんだけれどさ。
しかしまぁ妖怪がアルバイトとは世も末だなァ。
どっかのオキツネもそうだけれど、もうちょっとこう人を驚かすとかそういう感じの活動に精を出していただきたいものである。
まぁ、こんなかわいい子が出てきたら、驚くも糞もないけど。
めっちゃ驚いた上で、言わせてもらうけど。
「はー、ひーちゃんがアルバイトとは。座敷童をこじらせて、ひきこもり気味だったのに。よくそこから更生したのじゃぁ」
「えへへぇ。まぁ、最近は引きこもれる座敷のある家も少ないですからねぇ。アルバイトでもしてないと、座敷を借りるお金も足りませんよぉ」
「出た、妖怪世知辛いトーク。九尾も座敷童も苦労し過ぎでは?」
「今どきの妖怪はだいたいそんなもんなのじゃ」
「そんなものなんですよぉ」
のじゃじゃじゃと笑う加代さんとひーちゃんさん。
そんなのほほんとゆるふわ系四コマみたいに笑い飛ばす話じゃなーでしょうにと言いたい所だったが、加代さんの苦労を横で見て来た俺には分かりみしかない。
どこもそんなもんなのねぇ。
なんて思っていると、奥からのっそりと人影がでてきた。
またしても妖怪かと思いきや、今度はしっかりとした人間。
しかも俺がよく知っている――中学までは――だった。
「あれ、桜、来てたんだ」
「おーっす。悪いな、遊びに行くって言っておいて、来るの遅くなっちゃって」
「いいっていいって、古書店なんて閑古鳥鳴いてるのがデフォルトだから」
友人である。
いやはや、とても商売やっているとは思えない言い草に、思わず閉口する。
それでええんかいと言いつつ、別に食うに困っている感じはしていないし、まぁいいかと安心する。
すると、もうという視線が、不意に彼の方に飛んだ。
「ダメですよ実利さん。そんな卸問屋の大店じゃないんですからぁ。閑古鳥が鳴いてていいなんて、つぶれちゃったらどうするんです」
「ひーちゃん。いやまぁ、そこは言葉のあやというか。ちゃんとほら、ネット通販で利益を出しているからそこは」
「そこはじゃないですよぉ」
ぷりぷりと怒って詰め寄る座敷童。
おぉ、座敷童って怒るものなんだな。
もっとこう優しい生き物的なのを想像していたんだけれど――。
などと思って、ちらりと加代さんの方を見る。
するとどうしてか、彼女もまた狐につままれたような顔で、旧知の座敷童の怒りぶりを見ていた。実際に摘まんだ。自分の頬をこの狐、自分でつまんだ。
あ、これ、レアのレアの激レアな奴っぽい。
「まったく、このお店は私が居なかったらぁ、今頃ホントにつぶれていますよぉ」
「はいはい、ひーちゃんが看板娘やっててくれてるおかげです。ありがとうね」
「こころがこもってません。もぉっ、本当にちゃらんぽらんなんだからぁ」
「……なんだこれ、古臭いラブコメか?」
「……のじゃ、類友とはよく言うが、こういうこともあるものなのじゃなぁ?」
はてという顔をしてこちらを見る座敷童と俺の友人。
ラブコメコーナーは向うですよと指を向ける彼らに、いや、もう十分ですごちそうさまでしたと、俺ら二人は頭を下げるのだった。
はー、世の中ってのは、なんてーか。
狭いしどこも似たようなもんなんだねフォックス。
まぁ、こっちは金の心配なくて気楽でよさそうだけれど。
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