第716話 名選手で九尾なのじゃ

【まえがき】


 今回の話は、故野村克也さんが逝去される前に書いたモノになります。

 私もこの話を書き上げた直後に、氏が他界されたことについては正直に申して驚いております。確かに高齢ではありましたが、まだまだ球界のご意見番として活躍されると思っておりました。

 話中において明確に個人を特定できる描写はしておりませんが、読者のみなさまにおかれましてはその辺りご了承いただくと共に、ここに時代を担った偉大な選手への敬意とお悔やみを作者として表しておきます。


 野村克也さん、本当におつかれさまでございました。


 いうて僕は中日ファンなんですがね。


◇ ◇ ◇ ◇


 はい、草野球。

 なんでなんでなんでと思いつつバッターボックスに立つ俺。

 小中高と帰宅部エリートまっしぐらだった俺は、選球眼もなければバットを振る腕力もない。

 当然のようにスリーストライクアウトかまして打席を後にした。


 ベンチからは剣呑な視線。


「なんや桜やん!! 全然あかんやないか!!」


「そうだそうだ桜!! お前、俺に任せとけ感出して出ていった割りには、まったくいいとこなんにもなしじゃないか!! 東村山かよ!!」


「所ジョー〇の懐かしい歌謡曲でディスるな!! 俺は運動とか得意じゃないんだよ!! というか、相手が悪いよ!! なにあれ、プロじゃん!!」


 そう。


 マウンドに立っているのは他でもない。

 テレビの中で見たことがある、名選手である。


 何故だか草野球、河川敷にある盛り上がってもいないマウンドの上に、プロ野球のピッチャーが立っていた。

 しかも引退選手ではない、現役バリバリの選手である。


 どうしてあんなすーぱー強よ強よピッチャーがここに。


 なんてことを言いだすと、これが草野球とはいえ、会社対抗の親睦会を兼ねたものだという所にいきつく。


 そう――。


「仕方あらへんやろ、相手は国内有数のIT企業の草野球チームなんやから!!」


「プロチーム抱えてる会社なんだから!! プロ選手引っ張ってくるだろ!!」


「引っ張って来るなよ!! シーズン中だろ今!!」


 なにやってんだ国内有数のIT企業。

 プロ野球、セパに別けてもいくつかあるけど、幾つもあるぜIT企業。

 割と首位争いにも絡んでいるのに、こんな所に選手出してもいいのかIT企業。


 あぁもう。


 そんなの相手に草野球なんて、親睦会でもいどむもんじゃねえよ。

 そんな憤りを抱えて、俺はベンチに戻った。


 代わりにバッターボックスに入ったのは、この話を持ってきたダイコンホールディングスの専務取締役。まったく取り締まっていないボテ腹を揺らしてバッターボックスに立つその顔は、満面の笑顔だった。


 百パーセントこのオッサン、プロと野球したかっただけだな。

 ちくしょう、貴重な休日を無駄にした。


「しかしまぁ、あれだなぁ。負けっぱなしってのはちょっと癪に障るよな」


「ほんまやで。プロ引っ張ってくる分かってたら、ワイも大人気なく金でプロ野球選手引っ張って来てるところやったで」


「いや、けど、大切なシーズン中に来てくれる選手はいねえだろ」


「なんやったらワイが球団のオーナーになったるくらいの気持ちやで」


 このダイコン、割と目がマジである。

 結構負けず嫌いなところがある彼だ。本当に、草野球で勝ちたい一心で、どっかの球団を買いとるくらいのことはしそうである。


 うーん。

 これ以上、会社の不良債権を増やさない方がいいと思うのだが。

 けど、これで結構こいつは親分肌、面倒見がいいところあるからな。

 逆に最近は資金繰りが危うい球団とか、成績がぱっとしない球団とかもあるから、いいはな――。


 いやいやいや。


「なんにしてもそれはやりすぎだっての。頭冷やせ」


「せやかて桜やん!! ワイらかて草野球とはいえ勝ちたいやないか!! こんな一方的に、投げられて三振してなんて、耐えられんでしかし!!」


「そうかもしれないけどさ――って、そういや加代さんはどこ行った?」


「あぁ、加代ちゃんならなんかさっき、お金大好き三銃士を連れてくるのじゃと言って、なんかどっかに消えたけれど」


 ――いけない。


 これは早急に何かオチをつけてこの話をクローズしないといけない。

 でないとなんか、名誉棄損的な割とシャレにならない感じの、申し訳ないオチが発生してしまい、今までのやんわりパロディでは済まないことになる。


「お金大好き三銃士を連れて来たのじゃ!!」


「おぁーっ!!」


「「お金大好き三銃士ぃ!?」」


 間に合わなかった。

 あぁ、三銃士メソッドを止めるのが間に合わなかった。


 もうちょっと俺が加代さんの不在に気が付いていれば、防げたであろう三銃士ネタを防ぐことができなかった。


 このネタ、鉄板だけれど不快にさせる人も多いし、何より日本一知名度のある料理漫画に喧嘩を売る所業であるからして、できることなら止めたかった。そして、名〇会にも敵を作ることになるから、できることなら止めたかった。


 全て、俺の守備範囲が狭いのが原因。

 致命的エラー。

 痛恨の股くぐり。


 そんな中、ぞろぞろと降りてくる、お金大好き三銃士――。


「元プロボーラー。嫁との仲は熱々。息子さんとも仲良しの理想のパッパ元選手」


「俺流でやらせてもらうけどいいよな」


「大好きな奴やん!! ほんと洒落にならん大好きな奴やん!!」


「顔だけで安心安全を保障する。最近は息子の方が活躍している感のある元選手」


「セコ〇してますか?」


「これは野球が大好きな人じゃん!! むしろお金が好きなのは息子さんの方じゃん!!」


「呟き一つで打者を殺すαツイッタラー。打つも守るも指揮も任せろな元選手」


「だぁーめだ、こんなんじゃ。やる気あんのか、ID会社だろうが」


「もう出てきちゃいけない年齢の名選手じゃん!! もうラインナップがガチじゃん!!」


 レジェンドリーグでも出てこないよこんな奴ら。

 いったいどういうつながりとコネで読んできたんだよこいつら。

 というか、こんなん草野球して、故障でもされたらえらいことだよ。


 野球界自体の大きな損失だよ。


 そういうとこ考えて加代ちゃん。

 考えて加代ちゃんフォックス。


「まぁ、皆さん、今日はこちらのベンチで、ちょっとピッチャーを睨んでいていただければ結構なのじゃ」


「……なんだと?」


「なるほど、名監督プレッシャー作戦という訳やな、加代やん」


「打席に立つわけじゃないから、怪我する心配はない。けれども、これだけのレジェンダリーを前にして、若手選手が狼狽えない訳がない」


 策士。

 ここに策士がいる。

 メガネをかけた捕手の如き智謀。


 おそるべし加代さん。


 ささ、どうぞどうぞとベンチに某往年の名選手を座らせる加代さん。

 その狙い通り――。


「あー、制球が荒いなぁ。ピッチャーはいいけど、キャッチャーがいかんわ」


「ダメだよ逃げてちゃ。ちゃんと勝負しないと」


「なんやなるい球ぁ投げる奴やな。やる気あるんかアイツぁほんとに」


 聞いてるこっちが胃が痛くなるのだった。

 あぁ、ただの草野球に出ただけなのに、なんでここで朝のご意見番コーナーみたいな目に合わなくちゃいけないのか。


 どんどんと制球が荒くなっていくピッチャーに。


「のじゃ、なお、この模様は某テレビ局のニチアサ番組に提供する予定。こちらのカメラから、デジタルご意見番が試合の様子は確認しておられますなのじゃ」


「やりすぎ加代さん!! 三銃士!! 三銃士って言ったじゃない!!」


「……ダルタニアンを含めての三銃士なのじゃ!!」


「あの人ダルタニアン枠なの!?」


 カーツ!!


 そんな声が何度も何度も、この日、河川敷の草野球場に響いた。

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