第715話 商店街宝くじで九尾なのじゃ
うちの近所にゃまぁ申し訳程度の商店街がある。
アーケードじゃなくって、昔ながらの八百屋や魚屋、肉屋が連なる通りである。郊外にスーパーができたおかげで商売あがったりかと思いきや、ことのほかこれが今でもけっこうな繁盛している。
なぜかといえば、昔馴染みの客が多いからに他ならない。
スーパーに行くよりも、こちらでモノを買った方が安いし良いモノが手に入るとなれば、そりゃまぁそこそこつぶれない程度には繁盛するのであった。
目下、後継者問題については要検討ではあったが。
さて――。
「商店街恒例、春のお買い物大抽選会!!」
がらんがらんと鐘を鳴らすのは商店街の会長さん。
親父の幼馴染だそうだが、どうしてここまで差がついてしまったのか。
慢心なんちゃらとそれっぽいことを言う気にもなれないくらいに人の好さが滲み出ている。
そんな老人が声を張り上げれば、わぁと商店街に活気ある声が上った。
そう、年に一度、この商店街ではお客様感謝と称して、お買い物抽選会をやっているのだ。期間中に、商店街で千円以上お買い上げごとにチケットうんちゃらかんちゃらでまぁガラガラが回せるよくあるシステムの奴だ。
「のじゃー、まさか商店街でスパコンを購入したおかげで、抽選券が腐るほど貰えるとは思っていなかったのじゃ」
「いやほんとマジデね」
業務の関係上、商店街にある電気屋を通して、スパコン――ワークステーションとかじゃなくメインフレームのマジモン――を購入したのだが、その際に大量に抽選チケットを貰ってしまったのだ。
まぁ、ざっと札束くらいはある。
これを貰った時はマジかと思ったし、流石に迷惑かなと思って商店街の抽選会の時期のちょっと前に頼んだのだが――。
「悪い顔して、これからもよろしくお願いしますと言われてはのう」
「ほんと時代劇の一幕みたいな感じで渡されたよな」
電気屋のおっちゃんに手を握られて渡されては断るに断れなかった。
地域振興のために地元の電気屋通して買ってやれと言い出したのは俺だが、まさかここまで露骨に袖の下を通されるとは思っていなかった。
世の中、分からんもんやね。
まぁ、直接的に現金を貰っている訳じゃないので、なんの問題もないだろう。
これだけ貰っても、ティッシュ百枚かもしれないしね。
そこは抽選の醍醐味である。
とはいえ――。
「当てに行くぞ加代さん!!」
「なのじゃ!! 特賞は無理でも、三等くらいは引いてやるのじゃ!!」
ちなみに三等は、商店街で使える商品券一万円分である。
どう転んでも商店街に不利益のでないスタイルには感服する。こうい所が、関西の商店街だけあってたくましいってもんである。
ほとほとその商売心に感心しながら列に並ぶこと数分。
すぐにその順番は俺たちに回って来た。
「お、桜くんじゃないかい!! 大きくなったね!! お父さんは相変わらずかい!!」
「……それ、どう返事したらいいかんじです?」
相変わらず無職ですと関西のノリで返すのか、無難に元気ですと返すのか。
戸惑っていると、バシバシと肩を叩かれる。
どうやら軽いジョブのようなギャグだったようである。
とはいえ、割と親父の無職は笑えない。
できればネタにしないでいただきたい。
ちくしょう調子に乗りやがって。
「なんだか電気屋で大口の注文をしたらしいけれど、えらくなったもんだねぇ」
「ははははまぁねぇ、あのクソ親父を見て育ったら、そりゃ逞しくも育ちますわ」
「ふっ、その意気やよし!! しかし、気合だけで特賞が当てられると思ったら大間違いだぞ!! さぁ、抽選券の準備は十分か!!」
どんと束で抽選券を置く。
十分だとキメ顔で返すと、商店街がにわかにざわついた。
福〇漫画みたいな空気があたりに蔓延する中、急に尖った顎を撫でて、ごくりと商店街の会長が青い顔をした。
一言。
「……これまでに出た玉を戻していいかな」
「言い訳ねえだろフォックス」
絶対に当ててやるからなという気合と共に、ガラガラに手を伸ばす。
あっ、待って待ってと会長が止めるのを聞かず、俺はすぐさまガラガラを回し始めたのだった。
あらかじめ数えていた抽選券の数は108枚。
「煩悩の数の内で、あててやらぁな!!」
「のじゃぁ、頑張るのじゃ桜よ!!」
大回転。
人生でこんなにガラガラ回すことなんてないんじゃないかというくらい、俺は思いっきりそれを回転させたのだった――。
◇ ◇ ◇ ◇
結果から言えば、俺たちは特賞を引けなかった。
108回も回したのに、出てこないとはさては最初から入ってないのではと思ったが、冷静に考えると特賞が有馬温泉日帰り旅行の時点で、まぁそこまでこだわるもんでもないかと納得してしまった。
代わりに当たったのは――。
「のじゃぁ、まさかの四等お寿司詰め合わせセット引換券なのじゃ」
「しかも地方のお寿司屋にありがちな、いなりと太巻きが入っている奴」
「がっはっは。まぁー、蛙の子は蛙ってな。やっぱり持ってない奴の子は持ってないな」
そう気落ちすんなよと俺の肩を小突く商店街の会長。
こんな男が会長をしている商店街などつぶれてしまっても構わんのでは。
親父と一緒くたにされたことに、少なからず気を悪くしながらも、当たらなかったのだから仕方ない。潔く、俺は抽選会場から立ち去った。
去り際、まぁ、アレだったらまたなんか買って挑戦してくださいなと声をかけられる。二度と買うかこんなもんと叫んでやりたい所だったが、叫んだらこっちの負けである。
ぐっと加代さんと我慢して、俺たちは賞品を受け取りに寿司屋に向かうのだった。
とほほ――。
そんな感じで肩を落として歩いていたその時である。
「なのー。おじーちゃん、この鉢植えがいいのー」
「んー、これかい。お花の模様が入ってるねぇ。ちょっとお高いけどまぁいいか」
「あら、親父となのちゃん」
「どうしたのじゃこんな所で」
人間に変装――なんかこう帽子と布で顔を隠して人間っぽく見せた――なのちゃんと、それにつきそう親父と遭遇した。
居たのはちょうど園芸屋の前。
鉢植えを眺めている。
なんとなく会話を聞いた感じ、なのちゃんが鉢植えをねだっている様子だが、こりゃまたいったいどういう風の吹き回しだろうか。我が家はともかく、親父に孫にプレゼントを買ってやる金などなかったように思うのだが――。
「いや、商店街の抽選会があるだろう。そこで商品券を引けば、プラスマイナスゼロかなと思って」
「勝つ前提でパチ屋に入るおっさんかよおめーは」
「のじゃぁ、ギャンブラーの血は争えないのじゃ」
蛙の子は蛙。
そりゃまぁ、この親の血を継いでいたら、俺みたいなろくでなしが育ちますわ。
もはや先ほどの会長の言葉に、弁明することもできなくなった俺は、一万円を握りしめて、勝負師の顔をする親父から目を逸らして――ちょっと泣いた。
うぅっ。
ほんと、生まれる親は選びたかったぜ。
「大丈夫だ。絶対にお父さんが商品券を当てて、今日はみんなでカツ丼食うぞ」
「……カツ丼は勝負する前に食うもんだろうが」
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