第709話 私をスキーに連れて行って九尾なのじゃ

 流行りましたねそんな広告。

 そして、その広告に合わせた音楽。

 幸せはあれですか冬にやってくるんですか。そうですか、おかしいですね、もうとっくに春ですよ。恋をしてみませんかと言われるような時期でございますよ。


 とまぁ、そんなことをどうして思うかと言えば。


「ノー!! 雪山、スノーマン、スキー、スケルトン!! 日本は雪がベリー積もると聞いたのに一度も遊びに行けませんでしたー!! ひどいデース!!」


「いや、酷い言われても。ワイらも忙しかったから」


「シャッチョさん、社長のくせに社畜過ぎデース!! なんで社長なのにもっと遊ばないですか!! 人生エンジョイネス!! 五十年!! アッツモリ!!」


「もう戦国時代じゃないから。というか、会社に来てまで暴れんといてやコヨーテちゃん」


 例によって例の如く、加代さんも閉口させるトラブルメーカーコヨーテちゃんがやって来たからに他ならない。


 そう。


 いつもはダイコン邸で古式ゆかしいメイドをしているコヨーテちゃん。

 しかし今日はどうやらそのお仕事もお休みらしい。ラフでアメリカンスタイルな格好で社長室にやって来るなり、彼女は泣いて談判を始めた。


 俺たちがいろいろな報告をしているというのに、まったくフリーダムに直談判を始めた。


 うーん、帰ってくれコヨーテ。

 いやフォックス。

 仕事の邪魔だよ、もう本当。


「ミスター桜もそう思いますよね!! ユーも、冬なら一度くらい、雪山にトライするべきとシンクしてますよね!!」


「……いや、別に」


「ノー!! どうして!! ホワイ!! 日本人!!」


 絶妙に古臭いネタ引っ張って来るな。

 そんでもってオーバーリアクションかますな。


 別に犬じゃねえんだ、雪くらいで喜ぶような単純な神経こちとらしていませんってもんですよ。そもそも、ウィンタースポーツというものに俺は縁がとんとないのである。

 できるのはスケートくらい。スキーもスノボもからっきしである。


 うん、普通に怖いのよね。あの、なんか走り出したら止まらない感が。

 どうなのよ、滑って転んで大分県(田丸浩〇の漫画感)になるような遊びを好んでやるって。

 僕は危ないと思うな、反対だな。

 やるもんじゃないと思いますよ。


 ねぇ、フォックス。

 同意を求めるように加代さんの方を見ると――。


 そこにはもう冬毛に着替えた狐娘が待機していた。


 あ、これ、あかん奴や。

 獣の本能に抗えない奴や。


「のじゃぁ、ええのうええのう、スキーにスノボに雪合戦。冬と言ったら、スキー場で雪に遊ぶのが昔からの人の営みというもの」


「……スキー場できたの、ここ一世紀くらいのことじゃありません?」


「百人一首にも歌われているのじゃ。ほにゃららのほにゃらららのほにゃららのみかさのやまにふりしゆきかも」


「百人一首言えてないフォックス!!」


 結構有名な曲なのに、言えてないフォックス。

 教養がないのが丸わかりフォックス。

 というか、別にその歌、雪遊びと関係ないフォックス。


 フォックス、フォックス。


 どうしてそんなに雪遊びがしたいかね。目をキラキラとさせて、こちらを期待の眼差しで見つめる加代さん。ぶっちゃけ、その表情の変化に長いこと一緒に居ながら、ちょっと引いてしまった。


 やはり狐としての野生の本能が雪の山を求めてしまうのだろうか。


 そして、それに合わせるようにコヨーテちゃんも期待の視線をこちらに向ける。


「おねがいですよー、しゃっちょさーん、ブロッサムさーん」


「のじゃぁ、桜よ。たまには息抜きも必要なのじゃ。あれじゃ、なんだったらちょっとした温泉街的な所をチョイスして、そこで骨休め的なのもありなのじゃ」


「あ、温泉はええなぁ。ワイもちょうど、仕事の疲れがたまって来た所やってん。ここいらで一つ、温泉で蕩けるように疲れをとりたい――」


「だから、もうすぐ春ですねって時期にそんなこと言われても困るって言ってるでしょうフォックス!! 言うなら言うで、もうちょっと早く言ってよフォックス!!」


 もうこんな時期、北海道くらいしか雪なんて残っていませんよ。

 いやもう地球温暖化で、北海道の雪もあるかどうか怪しいですよ。

 大阪から北海道までどれだけかかると思っているんですか。

 スキーのためだけに飛行機でも乗る気ですか。


 お前ね、そんな財力が俺たちに――。


「いや、まだ北海道やったら雪残っとるんちゃうか? ニセコのあたりにいい温泉もあるやろうし――よっしゃちょっと宿とスキー場確認したろ」


「おぉ、流石シャッチョサン!! 分かってるデース!! 頼りになるデース!!」


「ダイコン、流石は経営者!! 思い立ったが即行動!!」


 あったわ。

 ありましたわ俺たちには。

 ダイコンタロウという名の極太の財布が。


 あ、ここ社長室でしたわ。

 阪内でも有数の優良企業の屋上でしたわと、俺は今更気がついたのだった。そして、このネタがどうやら続き物らしいことに、今更気が付いたのだった。


 はー、まじで行くのウィンタースポーツ。

 勘弁してよもー、フォックスフォックス。


「よっしゃー、ええとこ抑えられたで。金曜日半ドンにして、みんなで慰安旅行や」


「「やったのじゃー」デース」

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