第708話 花見の席取りで九尾なのじゃ

「最近、季節感が仕事していないと思うんだけれども」


「そのネタ何度目なのじゃ?」


 はい、という訳で本日は花見でございます。


 弊社ダイコンカンパニーの社長から直々の命を受けた我々は、朝の三時から市内の城址公園の桜の前にビニールシートを引いて場所取りを行っていた。

 プログラマーの仕事じゃねーぞと言ってやりたい所だが、あいにくの所、俺はプログラマーで採用されている訳じゃないので仕方ないのよね。


 とほほ。


 とはいえ、朝の三時にやって来たというのに、流石の花見の名所である。

 既に六割がた場所は取られており、なんとか席は取れたものの見るべき桜の木からは遠い場所という悲惨な事態になってしまった。


 うぅん、これ、徹夜案件だったかな。


「どうせ花見って言っても、酒飲んでおつまみくらって、適当に歌を歌うだけなのに、なんでこんなに躍起になるかな」


「のじゃのじゃ。確かに最近の花見は風流がないのう。花をめでるというよりも、騒ぐ口実に花を使っておるという感じで、わらわも正直言って感心しないのじゃ」


「おっ、流石加代さん、伊達に長いこと生きてない。それらしいこと言ぅ」


 そして割と真理を突いているぅ。

 なんていうか、本当に、別に花を見ながらじゃなくてもいいですよね感は強い。

 もういっそチューリップの鉢でも囲んで酒飲んだらいいんじゃないのってくらい、花がお飾りという感じがしないでもないのだ。


 もっとこう、花見ってのは詫び寂とかがあれな感じのイベントでしょ。

 ただ騒ぎたいだけなら新年会だとか新入社員歓迎会だとかでいいじゃん。

 なんでこうなっちゃうかな。


 いろいろと言いたいことはあるけれど、まぁ、任された仕事には違いない。

 任されたからにはきっちりこなすのが俺の主義である。

 ぐっとこらえて、俺はビニールシートの上で身を縮こまらせた。


 暦の上で春とは言っても、まだまだ寒い季節である。

 ひゅっと吹いた風は思いのほか冷たく、思わず肩が震えてしまった。


 そんな俺の姿を目ざとく見つけて、加代の奴がひょいと体一つ距離を詰める。もふりと出したのはありがたいことに九尾のしっぽ。それをそっと俺の背後に回すと、彼女は少し照れ臭そうにそっぽを向いた。


「……ぉぅ、ありがとう加代さん」


「のじゃのじゃ。風邪をひかれてしまっては困るでのう。しかしなんじゃのう。これなら毛布くらい持ってくるんじゃったのう」


「いやいや、加代さんの尻尾で充分温かいって。助かるよ」


「……いつになく素直じゃのう。ちょっと気持ち悪いのじゃ」


 と言いつつ、まんざらでもない感じのにやけ顔。

 はぁー、まったく、何を昭和のラブコメみたいなことやってんですかね。

 はーまったく。


 くそでかため息吐き出したくなるけど、意外と悪い気はしねーですわ。


 ダイコン、この仕事振った時にはふざけろといったけれど、今は感謝してるぜサンキュー。


 肩を寄せ合って加代と二人、まだまだ暗い空に桜を見上げる。

 夜桜と呼ぶには深淵に浮かぶ桃色の花弁はあまりに暗く、情緒のへったくれもあったものではない。

 むしろ、肩寄せ合う二人の吐息の白さの方がよっぽど酒のつまみになる。


「……眠気覚ましに、先に二人で飲んじまうか」


「のじゃ。それは駄目なのじゃ。お花見は、乾杯まで我慢するのもまた作法」


「なんの作法だよ」


 古風なんだが、今風なんだか。

 まぁけれど、どっちでもいいや。

 なんだかんだで二人きり、こうして水入らずでいちゃつけるのも久しぶりだ。


 俺と加代は丑三つ時をいいことに、ぴとりと肩を寄せ合って暗く寒い夜を越すのだった。意外とこれが苦にならないのは説明する必要はないだろう。


「あれじゃのう。これは星座を指さして、アレがオリオンこれがケンタウルスなどという感じの奴じゃのう」


「すまんな、俺は星についてはさっぱりわからんのじゃ。ロマンチックなくて申し訳ないのじゃ。のじゃのじゃ」


「むー、しょうのない奴じゃのう」

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