第698話 新居だよコヨーテさんで九尾なのじゃ

 私はダイコン家に古くから使えるメイド――市原H子(仮名)。

 先代のカブロウさまの頃から奉公して五十余年。もはやメイドなんて時代遅れと言われるようになってから、逆にメイドブーム来ていると言われる激動の時代を駆け抜けて、ダイコン家にお仕えしてきました。


 今は不幸にもおひとりになられたタロウおぼっちゃまを見守る毎日。

 若くしてお父さまとお母さまを失くされたという身の上にもかかわらず、カブロウさまからの熱い薫陶を受けて立派な経営者となったタロウおぼっちゃま。

 その成長ぶりには、長らくその姿を見守って来た者として万感のものがあります。


 よくぞここまでご立派に育ってくださった。

 ダイコンのように真っすぐに育ってほしいと願ってカブロウさまがつけた名の通り、どこに出しても恥ずかしくない紳士に育ってくださいました。


 一時期、行方不明になりました。けれども、今もってダイコンホールディングスの社長として、立派に会社を経営しているのですからそれは些細な事。

 とにかく、タロウおぼっちゃまは、私の自慢の坊ちゃまにして主人でございます。


 しかしながら問題点もあります。

 いい歳して結婚相手を見つけられないというのはどういうことでしょう。


「私がこんなにもいろいろと手配しておりますのに」


「「「……メイド長」」」


 ダイコン家に仕えるメイドたちは、人品家柄共に問題なしと私が自ら見定めた淑女たち。いつ、彼女たちがお手付きになったとしても、それはそれでよしという感じに、妙齢の女性をタロウおぼっちゃまの周りに配してまいりました。


 なのに、おぼっちゃまときたら――誰にも手を付けない。


 どうして。


 英雄色を好む。

 社長業などやっていれば、当然のように女癖は悪くて当たり前。


 カブロウさまもそれはもう若い頃は――おっと。


 とにかく。

 タロウおぼっちゃまはいささか女性関係について淡白すぎる。

 そう常日頃から、私は心配していたのです――。


 ですが!!


「えっちゃーん。ごめんだけどさ、この子、家で面倒みてあげてくれない?」


「よろしくデース!!」


「なっ、パッパラ・アメリカーナ!?」


 その日。

 突然、お坊ちゃまは家に女を連れて来たのです。


 しかもよりにもよってパッパラ・アメリカーナ。

 頭の中身がすべて胸に行ってしまったような、ボンキュッボンのオッパピー(おっぱいがパーリーピーポーの意)女を。


 どうして、どうして、どうしてそのような女を――。

 胸、やはり胸が大切なのですか――。

 それならそれで、家のメイド特選隊にもそこそこの超人胸度を持つ者がいるというのに。なのに、どうして彼女ではダメで、これなら大丈夫なのか。


 分からない。

 お坊ちゃまの性癖が分からない。


「……あぁっ」


「えっちゃん!? ちょっと、大丈夫かいな!!」


「ワォ!! アーユオーライ、えっちゃんグランマ!!」


「お前におばあちゃんと呼ばれる筋合いなどありません、おっぱっぴー!!」


「……おぱぴー?」


「どうしたんやなえっちゃん!! なんやいつもと感じがちゃうで!! 」


 その場に膝を折って倒れる私。

 そんな私に駆け寄る二人。


 怪訝に顔をしかめるおぱっぴー女。

 そんな彼女の横で心配そうに私を見つめるタロウ坊ちゃま。


 あぁ、そんな顔をなさるくらいならば、そのような何処の馬の骨とも分からないような、黒ギャルを連れてこないでいただきたかった。いや、黒ギャル。黒ギャルなのかこれは、外の国の人ではないのか。たどたどしい口ぶりから、そんな感じがしないでも。

 いやけど、この、果てしなくインテリジェンスを感じない口ぶりはどちらかというと――。


「まさかタロウおぼっちゃま、一晩の過ちをネタに強請られているのですか!?」


「……シャッチョさん? ヒトバンの過ち、どういう意味ネ?」


「コヨーテちゃんの気にすることやあらへん。そんで、えっちゃん、ちゃうねん、そういうのとちゃう。どっちかっていうと――」


 一生の過ちかもしれん、と、タロウおぼっちゃま。


 その言葉を聞いた瞬間、私の、五十年来一度もいわしたことのなかった背骨に、電撃が走りました。


 そう――。


既に手遅れ出来ちゃった婚!!」


「ちゃう!! そないなんちゃうから!! ちょっといろいろあって引き取ることになっただけやから!! それも時期が来たら帰っていただく奴やから!!」


ともだちん〇感覚金で解決!? お坊ちゃま、そのようなゲスに育てた覚えは、このH子、まったくございませんよ!!」


「やからちゃう言うてるやんか!! あーもー、会社で引き取んのは無理やから、家ならなんとかなるかと思うたのに……最悪やでもー!!」


「元気出して、シャッチョさん!! 頑張れファイト頑張れファイト!!」


伊〇ライフ母性全開だと……!? そんな、もはや、手遅れ……」


 うぐ、と、腰を抑えて倒れ伏す私。


 はたして唐突に訪れたタロウおぼっちゃまのいい人。

 あきらかにダイコン家にふさわしくない嫁の登場に、私は、私は、いったいどうすればよろしいのでしょう――。


◇ ◇ ◇ ◇


「のじゃのじゃ、と言う訳で、本日のご相談は、メイドさんの市原H子さんなのじゃ。うーん、悩ましい所だけれど、やっぱりそこはいい大人として、ちゃんと責任をとってもらうべきだと思うのじゃ」


 うんうんと頷くラジオ放送局内の加代さん。

 なんで公開録音に連れて来たかと思えば、なるほどそういうことね。

 まったく、遠回しな奴。


 やれやれ、責任は心配しなくてもとってやるっての。そんな遠回しなアピールしなくてもいいだろう。まったく、何年一緒に居ると思って――。


「って!! ダイコン家ってメイドさん居るの!? 初耳なんだけど!!」


「のじゃぁ、何を言っているのじゃ。これは、ラジオネーム市原H子さんからのお手紙で、別にダイコンは関係ないのじゃ」


「いやいやいや、あきらかにダイコンとコヨーテちゃんじゃん!! 俺らが押し付けたからなんか変な感じになってる奴じゃん!!」


「のじゃぁ、桜よ、いくら何でも考えすぎなのじゃよ」


 考えすぎじゃないよフォックス!!

 あきらかに、なんか申し訳ないことなっちゃってるよフォックス!!


 どうすんだこれほんと。

 ダイコンの奴、ロリなのにこんな誤解されて大丈夫なのか。


 いや、その前に――。


「メイドの中にロリっぽい子はいなかったのかよ、フォックス!!」


 なんでそれで結婚できないんだよ、ダイコン。

 お前、選り好み過ぎだろう。

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