第697話 重賞のない季節で九尾なのじゃ
加代と親父、そしてシュラトが三人並んでテレビを見ている。
なんか珍しい組み合わせというか光景だなと思いながらその後ろに回り込む。
見ているのはどうやら競馬番組らしかった。
ちょっと熱が入った感じで肩をゆすっているのは加代さんだ。
「あー、ダメダメ駄目なのじゃ、そんなタイミングで仕掛けても終盤失速するだけなのじゃ。もうちょっと待っているべきなのじゃ」
「まだジョッキー若いからね、そういう駆け引きが苦手なんじゃないのかい」
「いやしかし、早駆けにはいいかもしれないが、あのような細い脚では戦場では使い物にならないな」
「のじゃぁ!! サラブレットを馬鹿にするでない!! あれこそは、人間が生み出した究極の美のひとつなのじゃ!!」
「まぁまぁ加代ちゃん」
熱く競馬談議に華が咲く。
仕方あるまい。加代さんはあれでジョッキーのライセンスを持っている。
親父もなんだかんだで競馬歴ウン十年のギャンブラーだ。割と重賞のある日なんかは競馬場に出かけている。
京都も阪神も近いから、ここに家を構えたとまでいうくらいだから筋金入りだ。
シュラトに至ってはまぁ――異世界人らしい感想である。
そら、戦場で使う馬と競争で使うサラブレットではいろいろ違いますわな。
とまぁ、休日の昼間に競馬中継。
我が家は今日もこともなし、いたって平和なのであった。
はぁ――こっちが持ち帰りで仕事をしているというのに、のんきなモノよねこの人たちってば。お前ら、揃いも揃って、自分たちが人の金で飯食ってくる存在だということをもうちょっと自覚して、ギャンブルとかは人目につかないようにやれないものなの。
まぁ、言わんけど。
あと加代さんについては俺の扶養の範囲内なので許す。一応、この三人の中では不規則ながらも仕事はしているしな。
すぐクビにはなってくるけれど。
「のじゃぁ、しかし、冬の季節は重賞がなくていまいち盛り上がらんのう」
「馬も寒いと調子が出ないのかねぇ」
「寒いだのなんだのと軟弱!! どんな状況でも荷駄を運んでこその馬!!」
「……シュラトはばんえ〇競馬を一度見てからそういうことは言うのじゃ」
「そういや加代ちゃんはばんえ〇のジョッキーさんやってるんだっけ」
「のじゃぁ、元じゃがのう。今はライセンスこそ持っておるが、レースには出ておらんのじゃ。というか、居たらここでのんびりなんてしてないのじゃ」
のじゃっはっはと笑う加代さんたち。
うぅむ。
仲良きことはいいことかなとは思うけれど、なんか疎外感。
そんな、内縁の夫を無下にして、他の同居人と仲良くしなくてもいいじゃない。
仕事で開いていたノートパソコンを閉じると、いよいよ俺は親父と加代の間に割り込む。すると、おっとこりゃすまんねと、親父が気色の悪い表情を見せてその場から退いた。気を利かせたつもりだろうが、だったら最初から人の嫁といちゃつかないでいただきたいものである。
「まーったく、休日の昼間に競馬なんか見て。そんな遊ぶ金、いったいどこから出てくるんだよ」
「……のじゃぁ」
「うちの息子が汗水流して働いて稼いできてくれたお給料が」
「異世界での保護者が、俺のためにあくせく働いて稼いできてくれた賃金から」
「おい、男二人、千円やるから競馬場でもインターネット投票でもいいからしてこい。そして、俺のリフレッシュタイム中に二度と顔を見せるな」
この根っからの依存体質男どもめ。
親父もシュラトももうちょっと言い方と言うか世間体と言うか、なんかそういうのを考えろよなってもんだ。
はーもう。
財布から抜き出した夏目漱石が二枚。
渡すと諸手を上げて居間から出ていく親父とシュラト。
ほんと、プライドとかないんかしらねという感じで、彼らが出ていくのを見送ると、俺は加代さんにこてんと身体をあずけた。
のじゃふふと、頼りがいのある内縁の妻はほがらかに笑う。
「休日なのにお仕事おつかれさまなのじゃぁ」
「ほんと、ダイコンは人使いが荒くて困るよ。友達じゃなかったら、普通にキレてやめてるレベルだってのこの仕事量」
「のじゃのじゃ。桜はほんに友人想いじゃからのう。優しい奴じゃからのう」
「知ってるか、優しいけど弱い人間ってのは生きてくのが辛いそうだぜ」
最近読んだ漫画の受け売りだけれど。
確かにその通りなのじゃと頷く加代。
彼女は俺の肩にそっと手を回すと、ぽんぽんと優しくそこを叩いた。
その優しさとあやすような手つきが、今は俺の心に効く。
はぁ。
ほんと、おつかれさまだよ。
やってらんねぇ。
「サボっちまっていいかなぁー」
「のじゃ、競馬も気候の厳しい時期には、馬を休ませて重賞をやらないものなのじゃ。たまには休むのも大切なのじゃ」
「けどお前、やってなかったらダイコンめっちゃ怒るぜ」
「そもそも無茶な仕事を振って来たダイコンが悪いのじゃ。むしろこっちから怒り返す勢いでいくべきなのじゃ」
なるほどそういう解釈もあるな。
なんて思いながら俺は加代の回してくれた手にそっと手を添える。
競馬はからっきしよく分からないけれど、まぁ、一レースくらいはこうして嫁とのんびりしても罰はあたらんだろう。なーに、三十分くらい、気合でなんとでも取り戻せるさ。
で、どれが勝ちそうと、俺が尋ねると――加代は競馬は賭け事よりもレース事態を楽しむモノなのじゃとべしりと尻尾でしばいてきた。
とほほほ。
ちょっと甘い雰囲気だったのに、そりゃないんじゃないのフォックス。
まぁ、いいけどさ。
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