第696話 自主勉強会という奴で九尾なのじゃ
なんでこの業界って、自主勉強という名の休日出勤を強いる傾向があるのかね。
別に今ある技術を滞りなく回していけば、事業はそれなりに回るだろうに。むしろ、新技術っていうのは、自主的に個人が獲得するものじゃなくて、もっとこう会社が命令して獲得させていくべきものじゃないのか。
それじゃこの業界で生き残ることはできないぞ。
なぜ、ベストを尽くさないのか。
時代に取り残されず、生きていけるだけのスキルを獲得しない。
うるせーボケ、休日は休日じゃ。
平日のリソースを極限まで突っ込ませておいて、その上で自分の時間を差し出せとか、狂気の沙汰ぞ。
と言いつつ、俺もその波に逆らえない。
ダイコンがまた新しい事業をするそうなので、ちょっとその技術の勉強会に出てきてくださいな。そんな感じに軽く頼まれた俺は、休日出勤で阪内の小洒落た会議スペースにやって来ていたのだった。
はぁんもう、やんなる。
「このように、IoTデバイスとビッグデータをかけ合わせて利用することにより、施設全体の客の流れを予想することができるようになります。現在混雑しているであろうルートなどの予測はもちろんのこと、本日の客の動向を予想して露店などの展開などができるようになるんですね」
「おぉ……」
「これがIoT。そしてビッグデータ」
「更に年齢別の嗜好を学習させた人工知能を使うことで、それぞれの年代に合わせた商品を予測して企画・開発することができるんです」
「おぉ、人工知能!!」
「これを有効活用できれば、より効果的な商品開発ができるということか!!」
いやぁ、そんな便利なもんではないと思うんですがね。
勉強会(笑)。
技術的なものではなく、いわゆる企業の経営層に向けてのプレゼンみたいな内容のそれに俺はたまらず白けていた。さっきから、でけえ主語とその効果ばかりで、てんで技術の詳細がでてこない。
IoTというが、具体的にはどのようなデバイスを使うのか。
ビッグデータというが、データ群は、どこからそのデータを入手するのか。
人工知能。いろいろ言いたいことはあるが、ニューラルネットワークを多層化してより精細なとか言いだした張り倒すぞ。
あんなもんは、いいとこ二層までしか使えない。
具体的な技術に関するお話をするわけではない。
気楽でいいのだが、こりゃあれだな時間の無駄だな。
もっと技術的な所――具体的にはどういうフレームワーク使ってるとか、導入実績とかそういうのを見たかった。
それらしいワードとそれらしい数字を見せときゃ、なーんも分からん経営層は納得してなるほどとか抜かすのだからちょろいもんよね。
ほんでもって、この先のオチも見える――。
「さて、そんな明るい未来がついそこまで来ている訳なのですが、皆さんもその恩恵をすぐに授かりたいと思いませんか?」
はい。
来ましたよ。
社長さんあるいはモノが分かっちゃいない部長・課長たちを狙い撃ち。
ウチにお任せいただけませんかセールストーク。
勉強会なんて嘘っぱち。
これは巧妙に偽装されたIT会社による営業。
営業だから技術的なことは言わない。
触れない、口に出さない。
そうなんだろうなとは思っておりましたよ。ほんでもって始まる、明日からのお付き合い。あぁやだやだ、どうしてこうこの手の奴らは逞しいかね。
俺は辟易とした気分で立ち上がると、勉強会からそっと立ち去ろうとした。
しかし――。
「のじゃぁ、では、弊社の技術を利用すれば、我が家のあぶりゃーげの消費数や、近くのスーパーのセール状況などが予想できるということなのじゃ?」
「……はい?」
とんちき聞いている奴がいるぞ。
ビジネスの話なのに、完全に自分の趣味の話を聞いている奴がいるぞ。
うぅん。
頭を押さえて振り返ると、案の定の定。
そこにはうちの同居狐がふんすふんすと息巻いていた。
おいおい加代さん。
アンタってば、俺よりできるIT技術者じゃありませんかよ。
なーにしょーもないセールストークに引っかかってんのよ、もう。
「最近、内縁の夫の家族と同居しだして、ちょっとアブリャーゲの消費について予測がつかなくなってきたのじゃ。帰って来てアブリャーゲがないさみしさ。そんなのはもうこりごりなのじゃ」
「落ち着いて、落ち着いてください。それはその家族の方に相談するとか」
「家族はみんな人間だから、アブリャーゲがなくても生きていけるのじゃ!!」
「貴方は人間じゃないんですか!?」
はいはい、話がややっこしくなるからやめましょうねと加代さんを止める。
すんませんなんかほんとと、営業さんに謝って俺は加代を連れて今度こそ本当に勉強会会場を後にしたのだった。
あぁ、もう、ほんと――。
「のじゃぁ、最新の技術を使って、アブリャーゲが絶えない我が家の食卓を目指そうと思ったのに」
「アマゾンのボタン買った方がまだ確実だっての」
怪しい技術よりも、堅い技術。
新規技術は耳障りはいいが、だいたい誇張されているもの。
それより、ちゃんと実績を積み重ねてきたレガシーシステムの方が頼りになる。
なんてことは加代さんも分かっているのだろう。
けれども、まぁ――。
「のじゃ、分かっているのじゃ。あれは技術勉強会と言う名の営業。そういうのはノーサンキューなのじゃ」
「だったらなんであんなに食いつくんだよ」
「のじゃ、しかし、やっぱりアブリャーゲが」
もじもじと指先を突き合わせる加代さん。
はぁ。
まぁ、彼女のアブリャーゲにかける情熱は、俺も長いこと一緒にいるからよくわかる。分かるけれども、そこまで取り乱してどうするかね。
油揚げの残数管理をAIで予測するより、今ある技術でアブリャーゲ作るシステム作った方が、結果として安上がりじゃないのか。なんてことを、目の前のなんでもできる加代ちゃんウーマンを見ながら思う俺なのであった。
やれやれ。
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