第695話 偉い奴はだいたいやっているで九尾なのじゃ

「ワイもそろそろ自伝を書いてもええ年齢やと思うねん」


「……どういう年齢だよ」


 ダイコンホールディングス社長室。

 いつものように社長机に座って決裁書に判子押すマシーンと化していた彼は、いきなりそんな訳の分からないことを言い始めた。


 なにが、自伝を書いてもいいころやと思う、だ。


「そういうのはFG〇の英霊として召喚されるような事績を残してから言え。というかそんなの書くほどの人物だったら自分で書かなくても誰かが書くやろ」


「ちゃうねんちゃうねん桜やん、そういうことやないねん。こう、自分の生きた記念みたいな感じにな」


「少なくとも英霊にはなれなくても、社会的に認められてるのになに言ってんだ」


 ブログやツイッターではいかんのか。

 そう言うと、それはもうやってると真顔で返される。


 やっていたのかブログ。

 気になってスマホで探してみると、確かにすぐに見つかった。

 ダイコンホールディングス社長のうきうきクッキングブログ。千の舌を持つ男ダイコンと言う名の謎ツイッターアカウント。なお、フォロワー数お察し。


 本業関係ないんかい。

 お料理ブログやってんじゃねーぞ。

 しかもお前、プロフィール画像が某キッチンのパクリてお前。


 しばくぞ。


「ブログとツイッターでは満たされへん、承認欲求みたいなのがあるねん。せやからそそろ自伝を出版したいねん」


「ブログとツイッターレベルで承認されていないのに、なぜ本にしたら承認されると思えてしまうのか。そういうところやぞ、ダイコン」


「ちゃうねん。自伝の出版は社長職・会長職の社交辞令なもんであるからして。とりあえず、作ったら買っとけみたいなこう、アレがあるねん」


 嫌な世界だ。


 そして、そんなことやっている金があるなら、大切な社員に還元してやれよ。

 ほんと日本の経営層って糞だわ。まだ、ダイコンはマシだと思っていたけれど、クソだわ。発想がもっと庶民レベルしててくれないと反感買うだけだよマジで。


 というか――。


「本気で言ってんのかよ。絶対嘘だろ」


「ホンマやって。トレンドトレンド、ダイコン嘘吐かない」


「よっしゃ分かった。そしたら知り合いの社長に聞いてやるよ」


 絶対にそんな不文律のルールがあるなら、いろんな人が知っているだろう。

 そして、他の社長もやっているだろう。


 幸い、いろいろな転職経験もあり、社長やらなにやらの知り合いは多い。

 俺はスマホの電話帳を開くと、久しぶりにナガト建設のアドレスをタップした。


 かけるのはそう――。


「やぁ、桜くん。どうしたんだい久しぶりだね」


「ご無沙汰してます十助社長」


「はっはっはー、なんだいなんだいそんな堅苦しい挨拶をしなくてもいいじゃないか。僕と君の仲だろう」


 三国十助ナガト建設社長である。


 土建業界の若き敏腕社長。そして、ダイコンみたいな色物とは違って正統派の社長だ。彼ならば、まぁ、フェアな判断ができるだろうと、俺は今回判断した。


 まぁ、気さくに話してくれた手前なんだが、彼も忙しい社長どのである。

 手短に話を済ませることにして、俺は早速本題に入った。


「突然ですけど十助社長――自伝って書かれてます?」


「書いてるよ? なんだったら、ブログもツイッターもやってるよ?」


「まじかよフォックス」


 すぐにアマゾンとブログとツイッターを検索する。

 するとまたこれがすごい。ベストセラー『二代目社長と呼ばれて~周りを動かすために僕がやったこと~』。ブログ『二代目社長奮闘記』。ツイッター『二代目は辛いよ』と、なんかやたらと二代目を押してきている。


 そんでもってこっちはダイコンと違って凄いフォロワー数だ。

 割とリアルなコメントや応援メッセージ、レビューまで書いてある。


 すごいわ。

 いや、すごいけど、本当にやるもんなんだな、社長ってこういうの。


「ちなみに親父もやってるよ。陸奥さんもやってる」


「陸奥の爺さんも!?」


「あ、陸奥さんと言えば、最近また桜くんに葵ちゃんの――」


 話は聞けた。

 これ以上やるとややっこしいことになりそうだ。

 なので俺は失礼と思いつつ電話を切った。


 社長の時間を不必要に奪ってはいけないのさ。


 そして、これは十助社長が稀に見るできる二代目社長だからという、レアケースだからだ。もっとこう、サンプルは多く拾った方がいい。


 俺は再びスマホの電話帳から――今度は暇そうな社長を選んだ。


 そう、割と初期の方から社長をしていた。

 今もなんかしらんが会社運営していそうな奴。


「もしもしなんなのじゃー。もう、仕事中にかけてくるなと申しておろうに。しょうのない奴じゃのう」


 加代さんである。

 今日は別の仕事でオフィスが違う。

 いつもは気軽に横を向けば話ができる彼女に、俺はちょっと真剣な声色で目的の話を尋ねた。


「加代さん、失礼だけれど、自伝って出したことある?」


「あるのじゃー。のじゃのじゃ、まぁ、社長業などしておると、礼儀的に書くのじゃ。こればっかりは仕方のないものなのじゃ」


「……まじかー。ちな、タイトルは?」


「三千年生きたコン」


 童話じゃねえか。


 アマゾンで検索するとまぁ、大評価。

 子供たちに読ませたい絵本ランキングに殿堂入りしている感じのやーつが表示された。そして、表紙で加代ちゃん大敗北、また泣いているのだった。


 うむ。


「これ、売れているの?」


「まぁ、そこそこに。けど、売り上げは全部慈善団体に寄付しておるから。わらわには何も入ってこんのじゃ」


「なんでそういう所だけ社長っぽいのフォックス」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る