第693話 コ〇ン・ザ・グレートで九尾なのじゃ

 なんで日本のヒーロー像っていうのは、こう細い感じの男が多いんだろうか。

 普通に考えて、筋肉ムキムキのおっさんが強いだろう。不敗の〇山みたいなオッサンが無双する話の方が説得力があるんだよ。


 筋肉だよ筋肉。


 筋力値がないと剣も振れない、斧も振れない、敵の攻撃も防げない。

 ガタイのしっかりしている奴がしっかり強い、そういうファンタジーがリアリティがあっていいじゃないか。

 細身のヒーローなんてのは、乙女にでも食わせておけ。


 男ならガチムチ。


「と、言いつつ、細マッチョ伊達男をついついキャラメイクしてしまう、桜くんなのであった」


「のじゃぁ。思っていることとやっていることが真逆なのじゃ」


「いや、言うて洋ゲーなら容赦なくそういうキャラにしたりするけれど、和ゲーだと周りがそんなのばっかりだから、逆に自キャラが浮いてしまうじゃないですか。バランスですよバランス」


「……のじゃ、説得力ないのじゃ」


 はい、なんだかんだでビジュアル考えるとそういう方向に行っちゃうんですよ。

 説得力ねーとか思いながら、ついつい細マッチョに走っちゃう真理。

 なぜならその方が格好いいから。


 力士が異世界で無双しても格好良くないよな。

 いや、格好いいかもしれないけれど、こう表現するのが難しいじゃないですか。

 メンズのファッション雑誌だって力士が表紙を飾っている回なんてない。


 つまり、そういうことだよ。

 どんなに逆立ちしたって、この世界に――デブの出る幕なんてないんだ。


 そう思っていた。

 あの夜が訪れるまでは。


「……うぎゃぁーっ!! クマ!! クマべえ!! おい、クマべえお前、絶世の美男子ちゃあったんかい!! どっからどう見てもクマじゃねえか!!」


「……のじゃぁ。夜遅くになんなのじゃいったい」


 騒いで申し訳ない。

 明日も早朝出勤、朝からお弁当配りに余念のない加代さんを横にして、スマホを眺めながら騒いでしまって申し訳ない。


 けれども叫ばずにはいられなかったのだ。


 俺が永らくやっているMGO――マジシャンズ・ゲート・オーバー――のSSRキャラ。クマのベルドナット。

 またの名をクマべえ。


 呪いによりファンシーなゆるキャラみたいな姿にされながら、ぐんばつの特攻を持ったぶっ壊れキャラということで、よくフレンドからお世話になっているキャラクターだ。


 実際強い。

 もう本当、特攻が刺さるとえぐい威力が出る。


 そんなクマのベルドナット。

 もともとは絶世の美男子だったが、その容貌を神々からねたまれて、クマの姿に変えられてしまったという経緯を持つ。まぁ、なんか現実世界の神話でも聞きそうな感じの背景を持ったキャラクターである。

 そんな彼が、どうしたことか、クマになる前の姿で今回新キャラクターとして実装されたのだ。


 はたしてどんな美男子かと思えば。


 クマ。

 クマである。

 もうなんていうか、土建〇ゲンという感じのクマ男である。


 美男子ちゃぁったんかいという震撼がゲーム界隈に伝わり、そして、デイリー消化してあとは寝るだけという俺のツイッターのTLにも流れて来た。

 おいおいおいおいどうなっているんだ、これはコラかなにかじゃないのかと確認してみれば、実際、ピックアップガチャに、噂のクマべえ真の姿がぴょこりと表示されていた。


 うぅむ。


「なんという筋肉。あれがあのマスコットキャラのクマべえ。タマちゃんと同じく、MGOの面白マスコット枠と長年言われていた、愛されスケベクマのクマべえなのか」


「……のじゃ。なんだかあれじゃのう、業の深いゲームじゃのう」


「こういうのぶち込んでくるからMGOはホント油断ならないんだよ。なに、新章で活躍するの。本日の20時配信開始。そら気づかないわ」


 もう寝る気だったのに、むくむくと新章の内容が気になってくるじゃないか。

 ほんでスタミナもなんかいい感じに回復しているじゃないか。


 明日、仕事なんだけれどなぁ。

 割と大事な会議が入っているんだけれどな。

 ダイコンの奴から、最近休みが多いでと釘をさされているんだけれどな。


 うぅむ――。


「ここでゲームをやり始めたら、負けな気がする。気がするけれども、このマッチョヒーローの活躍を見てみたいという俺がいる」


「のじゃぁ。仕事を優先するのじゃぁ。社会人として当然の選択なのじゃぞ桜よ」


「分かっている。それは、分かっているよ加代さん。ここで流されたらダメだ、それは分かっているんだ。分かっているんだけれど――」


 MGOはシナリオで魅せるゲーム。

 一度始めれば、引き込まれて戻って来れなくなるのは必定。


 けれども。

 せめて、彼がどういう感じで登場するのか。

 知っておきたい見ておきたい。


 えぇいままよ。

 既にアプリは起動しているのだ。


 ちょろっとくらい。

 さきっちょだけ。


「……おほっ、流石実質最終章と言われるだけある。いきなり濃厚な始まり」


「……えっ、おま、その登場。そしてボイス変わらねえ。三枚目じゃん美男子乙」


「……あー、それなー、絶対くると思ったー、いやー、そらそうなるわー。因縁的に」


「……ベルドナットェ!!(むせび泣き)」


 結果、どうなったかは言うまでもない。


 俺は今日もまた直属の上司にして社長に、すんません寝不足で出社できねえっすという、まっこと情けないLINEを送る羽目になるのだった。


 後悔だって。


 そんなこと微塵もしていやしないさ。


「やはり、男は見た目じゃない。筋肉なんだな。美しい筋肉は心も現す」


「……どういう理屈なのじゃ」


 ベルドナット、そして新章。

 熱い話だった。


 あぁ、朝日が眩しい。

 窓から街に差し込む朝日を眺めながら、この感動を胸に、またこれからの一日を頑張れると思えば、俺は徹夜でゲームし明かしたことをほんの少しだけ肯定的に思うことができるのだった。


 いいゲームは人生を豊かにしてくれる。

 そして、いい筋肉もまた――。


「ジム、通おう。そして、その前に、寝よう」


「のじゃぁ!! 絶対明日になったら忘れてる奴なのじゃ!!」


 明日になる前に忘れた。

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