第691話 デイリーボーナスで九尾なのじゃ

 毎日ゲームにログインするとスタミナ回復とかのアイテムが貰える。

 ガチャを回すために必要なアイテムが貰える。


 人、これをデイリーボーナスと言うなり。


 最初にこれを考えた奴はどういうつもりだったのだろう。

 手塩にかけて作ったゲームをせめて忘れないで、どうか忘れないでという、そういう切なる願いでつくったのだとしたら、同じく物を作る仕事をしている人間として、気持ちは分からなくもない。


 分からなくもないのだが。


「流石に新キャラのドロップがなくなり、ほぼほぼ育成が終わって来たユーザーにとっては、ログインボーナスすら辛い」


「のじゃ。じゃからソシャゲはほどほどにと言うたであろうに」


 朝一番、起きてこのログインボーナスの処理をこなすのが、地味に面倒くさい。

 もういっそ、気が付かないふりをして、過ごしてしまいたいのだが――いかんせんもったいない精神がそれをすることを否定する。


 そこにガチャをタダで回す機会があるなら、それに乗らない手はないじゃない。

 そして、せっかくログインに時間をかけたのだから――某最適化機種ではないから起動に時間がかかる――プレイしない訳にはいかないじゃない。


 そんなもったいない精神にずるずるとひきずられて、朝の時間が減っていく。

 いわんや、通勤時間の途中にそれを消化できればいいのだが。


「通勤時間は通勤時間で、いろいろと読まなくちゃいけない本があったりするんだよな」


 IT業界は日進月歩。


 常に新しい情報を仕入れておかねば、ついていけない世界である。

 玄関を出たらすぐにお仕事モードに入る俺としては、通勤途中にはなかなかゲームを起動する気になれなかったのだ。


 いや、単に通勤時間は通勤時間でトゥイッターを眺めているだけなのだが。


 ――はぁ。


「もうなんていうか、ログインしなくてもインストールしているだけでボーナス的な、そういう感じにしてくれないかね」


「発想が廃ゲーマーのそれなのじゃ」


「今の若者はゲームやる時間も限られている訳で。そういう状況でいちいちアプリを立ち上げるというワンアクションにボーナスを付与するのはどうかと思うのよ」


「のじゃ。それなら、夜一回だけにするとか、そういうのでは駄目なのかえ?」


「……スタミナもったいない」


「完全に制作会社に生活をコントロールしておるのじゃ」


 リアルのスタミナの方を大切にせえと加代さんに背中を叩かれる。


 いや、それは分かっているんですけれどね。

 まったくその通りだと思うんですけれどね。


 どうしてこうなっちゃうのかなぁ。


 はぁとため息を吐きだしながら俺は画面をタップする。

 白んだ画面をスワイプすれば、きゅきゅっという音がする。すぐさま表示されたのはログインボーナスの画面。


「というか、もはやこれが目覚まし代わりになっているっていうね」


「……のじゃ。まぁ、結果として規則正しい生活ができているなら、それはそれでいいかもしれないのじゃ」


「けど、周回していて、結局出社時間がギリギリになるっていうね」


「のじゃぁ!! やっぱ夜だけにするのじゃ!!」


 皆さんも、こんな悲しい経験はおありではございませんか。

 そして、ひっきりなし、具体的には二週間おきにイベントが開催されて、休む暇もないという感じのアレを経験したことはありませんか。


 まっこと、ソーシャルゲームと言う奴は一度はじめると難儀だぜ。


「のじゃ、ならもう、いっそのことアプリを消してしまえば」


「俺のこれまでの苦労をそんな簡単に消させてたまるか!!」


「……言うと思ったのじゃ」


 課金額が思い出になる。


 そう、もはやこのゲームに幾ら課金したか、覚えていないくらいだ。

 覚えていないけれど、課金額と、レアキャラクターと、成長カンストさせたキャラクターは俺のかけがえのない財産なんだ。


 財産、なんだ!!


「くぅっ、こんなただのアプリに振り回されてなさけない!! 自分でも振り回されていると分かっているというのに!! 振り回される自分が情けない!!」


「基本無料に騙されて、まんまと踊らされた憐れな廃課金ゲーマーなのじゃ」


「金だけじゃなく、時間まで奪っていく――泥棒!! 返して、アタイのお金と時間を返して!! そのお金で、またガチャを引いて、キャラを育てるの!!」


 廃課金兵は死んでも治らない。


 どっとはらい。

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