第684話 下読みで九尾なのじゃ

 段ボール大型が三箱。

 それもみっちりと内容物が詰まった奴が家に送られてきた。


 親父とお袋が昼間受け取り、居間まで運ぼうとしたが、運送会社のおっさんから――無茶するな腰をやるぞ!!――と一喝されたという曰くつきのお荷物だ。


 中に何が入っているかと言えば――原稿。

 いわゆる、新人賞に応募された小説という奴だった。


 そう。

 久しぶりのオキツネチャレンジ内職編。


 今回は、新人賞の原稿下読みでお送りします。


 いや、こういうのって今どき現物で送ってくるものなんですかね。

 普通、そういう主催会社に出向いて確認したり、データでチェックしたりするもんじゃないんですかね。分からんですけれど。


「のじゃぁ。また今期も大量の応募作が送られてきたのじゃ」


「はぁーん、お前も毎度毎度のことだけれど大変だな。というか、狐のお前に文学のよさとか分かるのか」


「のじゃふふ。まぁそこはそれ、光源氏をリアルタイムで楽しんでいたわらわの天稟というのを信じていただきたいのじゃ」


 HIKARU〇ENJIか。


 またあれだな、古式ゆかしいマニアックな正統派アイドルを出してきたな。

 なるほどアレをリアルタイムで楽しむことができるのならば、エンタメやる人間としての素養は十分――なのかな?


 アイドルと文芸はまたなんかちょっと毛色が違わなくないか。

 というか、なんで引き合いに出す。


 そんな疑念を差し挟みつつも、加代は段ボールのふたを開けて、中からひょいと小包を取り出した。


 もはや、出版社側で開封することもなく丸投げである。

 事業の効率化という意味では、この業界も同じなんだなぁ。


 苦労するのは下ばかりという奴である。

 いかんいかん、完全に発想が仕事のそれになっている。


 どれどれと後ろから原稿を眺め見る。


 ふむふむ、なるほど――。


「え!? ちょっとめちゃくちゃ面白いじゃん!! これ、素人の原稿!?」


「のじゃ、最近の作品は質が上がっておるからのう。まぁ、これくらいは書けて当然なのじゃ。というかまぁ、面白さを極限まで追求するのが、この世界なので」


「……まじか。これをあれかね、段ボール3個分? マジで読むの?」


「マジなのじゃ。けどまぁ、そこはそれほれ、そういう前提なのでのう」


 パラリパラパラと素早くそれを見ていく加代さん。

 ふむふむなるほどとか、うっぐえぐぐと涙ぐむこともなく、彼女は一気呵成にそれを読み切ると、ものの五分ほどでそれをぱたりと閉じた。


 そして、あらかじめ用意しておいた評価シート――ではなく、合否判別のチェックシートにちょいなちょいなと記入を始めた。


 待った、待ったと止めに入る。

 のじゃぁーと邪魔するな感を満載に出して、加代さんは俺の方を振り返った。


 いやいや。

 そりゃ止めるでしょーよ。


「なにその選考!! いくらなんでもちょっと雑過ぎない!! もっと、しっかり読んであげようよ!! 彼らも、人生賭けてこれ送ってきているんでしょ!!」


「なーにも分かっておらんのう桜よ」


「分からないことだらけだよフォックス!!」


 文芸畑の人間ではないから、その手のことはなんも言えない。

 けれども、加代の奴がなんかすげー失礼なことをしていたのは間違いない。

 それはちょっと、素人目にしたって、やるのはどうなのかという所業である。


 下読みにも流儀というものがあるだろう。

 人が丁寧に作った作品を、そんな荒いチェックをしていいのか。


 と、ここで加代が人差し指を立てた。


「お主もレビューをしたことがあれば、いろいろと分かるところがあるじゃろう。この手のドキュメントで大切なのは、微に入って細かく物事が書いてあることよりも、全体を通して分かりやすい幹が通っていることなのじゃ」


「……幹」


「枝葉末節についてはあくまでお飾り。大切なのは俯瞰した時に見えてくるものなのじゃ。というか、読者はそもそも細かい所より、その大きな部分を楽しんでいるのじゃ。そんな延々と料理のレシピを見て楽しめる奴がいるかえ」


 たしかに。

 俺もドキュメントのレビューをする際、全体を見渡して過不足なく書けているか確認しているわ。むしろ、全体を通しての軸がちゃんとぶれていないか、気にしているわ。


 そして、同じように、割と高速で見ているわ。

 細かい所とか、割とどうでもいい感じで飛ばしているわ。


 考えてみれば当たり前のこと。


 仕事も原稿も同じ。

 往々にして勘違いしていることだが、大切なのは一枚一枚の丁寧さよりも、全体を通しての訴求力の精確さや強さ。

 そんな当たり前のことを、加代さんに教えられるとは。


 うぅん――。


「納得はできるし、腑には落ちるけど、なんかモヤる」


「まぁ、ここはわらわに任せるのじゃ。なぁに、これでもこのお仕事は結構長くやらせていただいているから、大丈夫なのじゃ。にょほほ」


 おっと、オキツネさまのヒロインなのじゃ。

 これは無条件で一次通過――などとのたまう加代さん。


 私情アリアリの選考に、やっぱりこれ大丈夫なのかと感じながらも、俺は口をつぐんだ。


 餅は餅屋だ。

 そこには俺らの知らない理論がある。

 仕事人としてそこは信頼してやるのが筋ってもんだろう。


 それに――。


「まぁ、小説読まない俺には関係のない話だ」


 会社で嫌と言うほどドキュメントと睨めっこしているのだ。

 文章なんてプライベートで読む気にならん。

 最近の読書離れというのは、こういう所にあるんじゃないのかねと思いつつ、俺はそっと居間から離れたのだった。


 なお。

 後日、ちゃんと読んでくださいと出版社からご指摘を受け、のじゃぁのじゃぁと泣きながら加代が全部時間をかけて読み直したのは、仕事人のプライドと彼女のプライベートに関してから、差し控えておこうと思う。


 これが小説じゃなくて本当によかった。

 もし、小説だったら、赤裸々に地の文で書かれている所だよフォックス。


「のじゃぁ、これ全部、今から読み直しとか無理無理ザ・ワールドなのじゃ」


 お前がちゃんとやらんからやぞ、フォックス。

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