第685話 振り込め詐欺で九尾なのじゃ

「もしもし、俺だよ俺。俺だよ母ちゃん」


「桜!! 桜なのかい!! まぁ、どうしたんだい、そんな声まで変わって!!」


「……えっ? 声までって、えっ? ちょっと待って、その、あの?」


 ごめんなさい。


 そう謝って、だいたいオレオレ詐欺の電話は切れるという。


 桜という名前と声が変わったという事実から、いったい彼らが何を想像したのかは分からない。けれども、一つだけ言えることがある。


 我が家は俺の名前のおかげでオレオレ詐欺知らず。


「いやー、こんなこともあろうかと女の子みたいな名前つけてよかったわー」


「ほんとだなぁ、母さん。わしらの頭脳プレイの勝利という訳じゃ」


 のわっはっはと笑う両親に俺は生温かい笑顔を送った。


 その名前のせいで、息子の青春はわりとズタボロでございましたよ。

 言ってやりたかったが、俺はぐっと堪えた。

 喉の奥に押しとどめた。


 この手の詐欺は一回かかると恒常的にカモにされるもの。

 そういうことがないのだから御の字だ。


 我が家はなんといっても貧乏家族。

 親父がろくに稼がないもんだから、いつだって冷や飯食っているというのに、これ以上無駄金を払うつもりはない。


 俺の青春一つで、我が家の金庫が守られるなら安いもんだぜ。


「のじゃ、桜よ、どうしたのじゃそんな血の涙を流して」


「なんでもねえ。ただ、世の無情を噛み締めているだけだ」


 俺が耐えれば丸く収まるのだ。何も言うまいと俺は目をくいしばった。

 そりゃさておき。


 還付金詐欺、警察を語る詐欺、消防署を語る詐欺、外壁塗装。

 なんていうかもうオレオレ詐欺だけ撃退してても、安心できない時代になったもんだ。どうしてこんなに詐欺が横行するもんかねと軽いため息が出てしまう。


 汗水垂らして働くことがそんなに馬鹿らしいことだろうか。

 尊いことじゃないか。


 まぁ、バカの下で働くのはまっぴらだけれどもな。


「のじゃぁ、母上どのも父上どのも、そうは言うても気をつけるのじゃ。世の中にはいろんな詐欺があるんじゃからのう」


「そうだぞ、親父、お袋。今の詐欺グループは、どんな話題で攻めてくるか分からないんだから。そこは気を付けろよ」


「……なるほどな。子供出来ちゃった詐欺とかな」


「……孫が生まれるのよ詐欺とかな」


「「変なプレッシャーのかけ方をしないで」なのじゃ」


 真顔でそんな返しをする奴がありますかね。

 そりゃアンタらが一番喜んで金出しそうなのはそういう内容だろうけどさ。けれども、それを当事者たちに向かって言うかね。


 ほれ、隣で飯食ってるアリエスちゃん顔真っ赤にしてる。

 なのちゃんは意味わかんないって感じだ。


 シュラトは――うん、いつも通りうまそうに白飯食ってる。

 こいつの食い意地ってば本当にどうなってんだよ。

 もうちょっと周りを見ろよフォックス。


 家族の団らんの場で、こういういじりはよしてくれよホント。


 なんだか気の抜けた感じのお袋たち。

 私たちに限って、そんなのに騙されないわよねという空気をびんびんに醸し出す彼らに、一抹の不安を感じないわけでもない。

 オレオレ詐欺にはひっかからないが、なんかの拍子にやっちまいそうだ。


 この手のことはやはり――経験豊富な奴に語ってもらうに限る。


「加代さん、ここはひとつ、蘊蓄のある話をうちの馬鹿親たちに聞かせてあげて」


「のじゃ、仕方ないのじゃ――では一つ、わらわの知っている話を一つ」


 人間の世界で長いこと辛酸を舐めてきた加代さんだ。

 一つ二つくらいはそういう経験もあるだろう。


 ほんと、クビにならなくても苦労話にゃ事欠かないんだからな。


 幸せにしてやろう。


「そう、あれはいつだったか。随分と昔のことなのじゃ」


「十年前か。まぁ、それくらいから流行りだしたものな、オレオレ詐欺って――」


わらわの母上が日本にやって来て、宮廷につかえる女官として就職した頃の話」


「歴史スケールの詐欺話はちょっと現実感ないから辞めてフォックス!!」


 歴史的美人局とか、後妻業とか、そういうのは望んでないから。

 ほんと、マジでかんべんして。

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