第680話 芸子サンで九尾なのじゃ

 アリエスちゃんが京都の茶屋で働くようになってからしばらくになる。

 最初は心配していた加代さんだけれど、なんだかんだあの黒騎士アホを支えてきた名参謀女エルフは優秀である。


 茶屋娘として異質のダークエルフ。

 そんな要素をすっかりと克服して、彼女は名目通りの看板娘と化していた。


 いやはや、人間その気になれば、なんでもできるもんである。

 そりゃそうとして。


「なんべん言ったら分かるんだい!! あんたねぇ、そんなつたない芸をお客さんの前でお出しする気かい!! 向こうさんはアタシらに夢を見に来てんだよ!!」


「のじゃぁ、すみません師匠なのじゃぁ」


 加代さんは何か知らんが、その茶屋の前にあるお座敷で芸子さんになっていた。


 あらまぁ、びっくり。

 舞妓さんとちがって、白粉に塗りたくられなくていい芸子さんだが、その修行は修羅か羅刹か、めっちゃ厳しい。


 そこまで言いますか、やりますかという感じで、びしりばしりとシバかれる同居狐の光景に、俺はかつてない同情心を抱いたのだった。


 なにも、そこまで厳しくすることないじゃない。


 ゆとりだなんだと言うけれど、今どき修行がどうこうなんてナンセンスよ。

 IT革命により、人のできる仕事がどんどんとコンピューターに奪われている時代なんですよ。だからこそ、人を育てるプロセスが求められる。


 着いてこれる奴だけ着いて来いよ、みたいなことじゃ時代に取り残される。


 従業員が、ペッ〇ーくんになっちゃうよ。


「ちくしょう、もう見ていられねえ。俺はいくぜ、ダイコン」


「まぁまぁ待て待て。職人の世界に下手に口を挟んじまったらいけねえよ桜やん。なぁに、ここの芸子は年季の入ったベテラン。京都でも、五本の指に数えられる芸達者。そんな人の手にかかれば――」


 クビになるばかりで定職にありつけず。

 仕事にあぶれてばかりの加代ちゃんだって、一人前の芸子になれる。


 ダイコンの馴染みの店で、奥からその様子を見守らせて貰っている俺。のんきに構えるダイコンの言葉に、本当かよという顔を向けてから、俺は尻を降ろした。


 加代さんのためになるのならここはおとなしくした方がいいかもしれない。

 IT革命が、人工知能がと言ったが、職人の世界にはまだまだ人間の力が介在する余地がある。すなわち、その道を究めれば、それで食っていける可能性がある。


 加代さんのようなお古いオキツネでも、どうにかなるかもしれない。


 一縷の望みが、確かに目の前にはあるのだ。


 厳しい師匠だが、耐えろ加代さん。


 そう思った時。ぴしゃりと加代の手を、師匠の芸子が持つセンスが鳴る。

 のじゃぁと、泣き声が京都の奥座敷に木霊した。


「なんべん言ったらわかるんだい!! まったく、とんだあばずれだよこの娘は!!」


「……のじゃぁ、すみませんのじゃぁ」


「アタシが若かったころの修行はね、こんなもんじゃなかったよ!! そりゃ、朝から晩まで修行して、指先が豆だらけになるまでやったもんだ!! なのに、まったくアンタからはそういう気概が感じられない!! いやだねいやだね、これだからゆとりってのは!! やる気がないならさっさと地元に帰りな!!」


 のじゃぁ。


 と、いつもの加代さんなら、ここでしょんぼりする。

 しょんぼりして、やっぱりお仕事は大変なのじゃぁと落ちるのだが、何故だか今日はちょっと空気が違った。


 じっと、加代さん、師匠を見上げて冷えた顔をする。


「なんだいその顔は!!」


 そりゃそう言いますやろなぁ。

 ドラマでなくっても、そんな、何言ってんだこいつ的な顔を向けられれば、誰だってそんなことを言ってしまうだろう。


 俺だってそういう。

 だれだってそういう案件である。


 しかもあれだ、なんか我に意見ありという感じでもない。生意気を言わせていただきますがという、感じの顔でもない。


 こいつ、何を言っているのじゃという顔である。


 加代さん。

 それは流石に修行させて貰っている身で、向けたらいかん視線やろ。


 そんなことを思った時――。


「なるほど、朝から晩までずっと修行のう。よく、座敷の奥で寝転がって、豆菓子食っておったお主が、ずいぶんとまぁ言うようになったではないか」


「……な、なぜ、そのことを!!」


「初めての仕事で、弦を切るどころか琴ごと粉砕するという離れ業をかまして、姐さんたちを失笑させた豆菊が、今やそんなことを言うようになるとは。やれやれ、世の中は変われば変わるものじゃのう」


「そ、そののじゃなのにロリじゃない口調!! まさかあんた、いや貴方は!!」


 あ、これ、違う感じの奴ですわ。


 お仕事クビになるいつものパティーンじゃなくて、例外パターン。

 加代さんの方が、雇用主に強く出る感じの奴ですわ。


 というか、そうですわ。


 三千年生きた狐が、芸子をやっていない訳がない。

 もともと、この辺りにはなじみがあると言って、アリエスちゃんの仕事を見守りに来た加代さんである。


 そらまぁ、もう、後の展開はお察しでした。


「か、加代さん!! いや、狐雛なの姐さん!! どうしてここに!! というか、なんでそんな若々しいままで!!」


「だまらっしゃいなのじゃ!! 豆菊!! おんしはほんに、若い頃にわらわたちにどれだけ迷惑をかけたか忘れて、このような横暴を働いて!! だいたい、さっきからわらわはちゃんとやっておるのに、お主はぜんぜんその辺り分かってないのじゃ!!」


「ひん!!」


「お主の仕事の仕方が半端じゃからこいういうことになるのじゃ!! 本物を見る目を養えと、ちゃんと別れ際に言ったのに――このたわけなのじゃ!!」


 はい、という訳でね。


 職人と言っても、やっぱそりゃ人間のやることですよ。

 人間依存の仕事というのは、人の癖が出るものですからね。こういうことになってしまうのもやむなしフォックス。


 逆に、師匠の方が弟子からダメだしされるという――逆クビ展開になるとは。

 加代さん、おそろしいオキツネである。


「のじゃ!! もういっかいわらわが仕込みなおしてやるのじゃ!!」


「堪忍、堪忍してください、姐さん!!」


「芸事に終わりはないのじゃ!! さぁ、さっさと楽器を持つのじゃ!! その腐り切った腕と性根を、叩き直してくれるのじゃ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る