第679話 布団から出れないで九尾なのじゃ
「……うぅっ、さっぶ」
寒さもマシマシてきたこの季節。
いかがお過ごしでしょうか。
お元気ですか。
井上なんちゃらではなく桜です。
とか、そういうことを言いたくなる冬の朝。
その日一日の作業の中で、もっともマンリソースを布団から出ることに割かなければいけない季節が本格的にやってきました。いやはや、これが数か月続くと思うと、ちょっと憂鬱にもなるってもんですよ、ホント。
しっかしまぁ、寒い。
くそ、寒い。
布団からちょっと手足の先を出しただけで、あぁ、無理無理凍ってしまいます、世界が違いますとそんな弱音を吐いてしまいたくなるくらいに寒い。
なんでこんなに寒いのか。
ここ数年、地球温暖化だなんだと言っているが、逆に寒くなってやしませんかね。そんなことを思わずにはいられない。
いられないが、仕事があるのだ、布団にくるまって現実逃避してもいられない。
ぐっと力を籠めて布団から飛び出る。
すぐさま、石油ストーブ――実家に帰ったのでこれが使えるんだな――の電源を入れると、俺はその前に毛布片手に移動した。ストーブが着火するまでの間、わずかに残る毛布の温かさで耐え凌ぐとしよう。
いやはや。
冬はこれだから困る。
「その点、加代さんはいいよな。なんて言っても元は狐だから。寒さには強いわな。俺と違って毛布なんて持たなくても、尻尾に九尾が生えてるし」
別になにか意味があった訳でもない。
嫌味をいいたいわけでも、彼女を褒めたいわけでもない。というか、そもそも加代のことだから、とっくに起きて下の階にでもいるかと思っていた。
思っていたのだが――。
違うんだなこれが。
もぞりと音がして、俺は思わず振り返る。
バカな、この部屋にまだ人の気配があるだとと後ろを見れば。
そこに狐だんご(かまくらみたいな奴)が出来上がっていた。
うわ、なんだこれ、布団の中で九尾大展開じゃん。
フルアーマー防寒装備ですやん、加代さん。
なにやってらっしゃるの。
「……加代さん?」
「……寄せる歳には勝てぬという奴かのう。ここ数年、寒くて寒くて、布団から出られなくなってしまったのじゃ」
「いや、三千歳を前にして、ここ数年は誤差でしょ」
「……人間フォームでいると、感性も人間に近くなってしまうのじゃ。寒さも、全ケモモードより感じやすくなってしまうのじゃ」
「そりゃ、全身毛でおおわれている状態と、覆われていない状態じゃ感じ方違うのは納得ですけれど。けどお前、去年の今頃は大丈夫だったじゃないの」
なんでそんな急に寒さに弱くなってんだよフォックス。
というか、その狐だんご状態はやばいよフォックス。
布団に毛がえらいことなって、お袋が干すときになんだいこれってなる奴だよフォックス。俺も過去に経験したことがあるよフォックス。
いや、前から確かに、寝ている間に勝手に全ケモモードになることのある加代ちゃんではあったが、全ケモ+九尾フル展開はやばい。それだけモフられると、流石に擁護のしようがないくらいに、毛の散乱具合がやばい。
我が家――しかも実家――を、毛まみれにするおつもりか加代さん。
えぇい、こうなれば実力行使。
俺は勢いよく加代の被っている掛布団をひっぺがした。
「のじゃぁ!! 桜よ!! 何をするのじゃ、このエッチ!!」
「うるさい!! 色気もへったくれもない展開をかましておいてそんなこと言うな!! というか、全ケモして暖を取るくらいなら、毛布重ねなさい!!」
「のじゃぁ、だって、だって――地面が近いと思いのほか冷えが酷くて!!」
「それっぽいこと言って、毛布の調整し損ねた言い訳するんじゃありません!!」
NO全ケモ。
そういうのに理解がある人々も増えていますが、まだまだ抜け毛の掃除に対する大変さは、人間の叡智を持っても克服することが難しい。
こればっかりは、悪いが加代さんに我慢してもらうしかなかった。
人と狐が一緒に暮らすのは、やっぱり難しい。
難しいけれど、どちらかが歩み寄れば――。
「って、加代さん!! まだ冬毛に切り替わってなかったの!? めちゃくちゃ抜け毛が落ちているんだけれど!!」
「今年はストーブがあるから、ちょっと生え変わるタイミングが分からなかったというか、ついつい、まだ大丈夫かなってなってしまったというか」
「ちょっともう、なにやってんだよ!!」
うぅん。
愛があっても、難しいもんは難しいかもわからんね。
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