第659話 突然のトイレ戦争で九尾なのじゃ
「だからアンタたち!! トイレは座ってしなさいって言ってるでしょうが!!」
突然あがった母の怒声。
仕事終わってひいこらと帰ってくるなりこれである。
勘弁してくれ、こっちは疲れているんだからとネクタイを緩めながらもその怒声がした方へと向かう。
すると、居間でシュラトと親父が神妙な顔して正座させられていた。
いやはや一年ぶりくらいに見る親父の情けない顔である。
年に一度は、お袋にキレられてこんなかんじになるのよね。
まぁ、仕方ない。
で、今回はいったい何をやらかしたのか。
「立ってするとね!! 飛沫が飛ぶのよ!! 見えないようでもね!! 辺りに飛んでるのよ!! それを掃除しているのは私なの!! 分かってるの!! お父さん!! シュラト!!」
「いや、母さん、ごめんて」
「すまない母上どの。いや、まさか、そんなご迷惑をおかけしているとは露知らず」
「……露だけにな」
「父上どの」
「おぉう? 反省の色が見えないわねお父さん?」
我が家にてトイレ戦争勃発。
どうやら、親父とシュラトが母の言いつけを守らずに、立ったままトイレの小をしたことで、母の堪忍袋が破断したようだった。
まぁー、数年に一回はこの件でもめるよね。
俺がまだ実家で住んでた頃から、何度か親父とやりあってた思い出があるわ。
俺もシュラトと同じ感じで怒られた思い出があるわ。
家の掃除をしている人間からすると、男の小っていろいろと問題なんだよな。
割と、掃除してみると気が付くんだよ。
あ、これ、ヤバい感じの汚し方だ――って。
そんなことをしみじみと思いながら、俺は居間の入り口で震えていたなのちゃんとドラコをそっと保護する。
見てはいけません。
あれは一家の大黒柱にして、大魔神の荒ぶる姿なのです。
神とはそういう側面があるものなのですと、なんかそれっぽいことを言って彼女たちをなだめすかせていると、がらりがらりと玄関の戸が開いた。
「のじゃのじゃー、ただいまなのじゃー」
「おう、加代さんおかえんなさい」
「なのー。加代おねえちゃん、ばぁばがたいへんなのー」
「きゅるくるーん」
「……どうしたのじゃ?」
まぁ、話せば長くなるようで短い。
俺はさっくりと、加代の奴にトイレの使い方について親父とシュラトがと、居間で彼らが正座するに至った経緯を説明した。
のじゃのじゃとなにやら納得したように頷く加代さん。
「まぁ、トイレ掃除は一時間仕事。便器周りを綺麗にするだけでもひと手間じゃからのう。そこに床や壁に飛散した、いろいろな汁を掃除することを考えると」
「怒るのは分かるんだよな。ただまぁ、男として、座ってしろっていうのもなんていうか」
「なの、男のプライドが許さないなの?」
「きゅるくるん?」
「……どうなのじゃ?」
三つの視線が俺の方を向く。
全ての事情を察している大人の女の視線。
なにも知らないが人の営みの複雑さはなんとなく分かる視線。
ペット故に、座ってするのが当たり前なので疑問とも思っていない視線。
加代、なのちゃん、ドラコ。
三者三様の想いが籠ったその視線は、見事に俺の心を射抜いた。
母に被る迷惑よりも、自分の男としての矜持を優先するのか。
そんな了見の狭い男なのか。
そんなことを問い詰められているような心地だった。
「……まぁ、その、なんですか。こればっかりはついている人間にしか分かりませんよ」
「逃げたのじゃ」
「なの」
「きゅーん」
まぁ、なんにしても俺には関係のない話である。
トイレは基本外で済ます。
家でお袋にぐちぐちと言われるのが嫌なので、帰宅前にコンビニでいろいろと済ましている俺に一分の隙もなかった。
ふふっ、親父、そしてシュラトよ。
家でだらだらとしているお前たちが悪いのだよ。
せめてコンビニにでも外出していれば、言い訳もできただろうに――。
と、その時、ぶるりと下半身が。
「しかし、ここ最近はちょっと冷えるなぁ。歳だろうか、ちょっと膀胱が」
「まだ三十代なのに何を言っているのじゃ」
どれ、ちょっとトイレに――。
それが、我が家の第二次トイレ戦争勃発の引き金になるとは、はたして誰が思っただろうか。やれやれ、触らぬ神になんとやらである。
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