第658話 だからなんでこういうことするので九尾なのじゃ

 はい。

 という訳で。


「いつものオキツネ加代ちゃんじゃねえか!!」


 俺はブチ切れた訳ですよ。


 いやはや。

 もう本当にね。

 天丼ネタも流石に三週も続けられると、こちらとしても言葉がなくなるってもんですよ。お前、どういうつもりでネタ重ねたんだよって、地団太を踏むのは仕方ないってもんですよ。


 いや、分かりますよ。

 そもそもこの作品に読者が求めているのは、ストーリーの秀逸さや、キレのあるギャグよりも、加代ちゃんがこやこやもふもふしてほわほわとしたことを言ったり、世知辛いギャグをいったりクビになってのじゃーってなるそういうエモさだって。


 今やっていることが、随分と趣旨と外れていることだってのは、それは俺も十分に理解しております。


 けれども。


「真面目にシュラトに仕事の大切さを教えなくちゃという場面じゃねえかよ!! なのに、なんでおちゃらけするのよ!! そういうのよくないと思うの!! 真面目にやろうよ!!」


「のじゃぁ……そう言われてものう」


「イベントが発生しないのだから、真面目にやろうにもやれないというか。こうなってまうんは仕方のないことというか」


「そもそも、桜どのの物語としての役割としては十分に果たしているのだから、これはこれである意味お仕事小説としては正解なのでは?」


「正解とか不正解とかそういう問題じゃないわいフォックス!!」


 俺は確かに仕事の大変さをシュラトに伝えようと覚悟した。

 先週の終わりに覚悟した。そして、もっと大変でまともな仕事こいやーと、そういう感じで気合を入れた。


 なのになに。

 この週を開けてみたらはじまった、いつものほのぼの加代ちゃんワールド。

 もういっそ、このまま黒騎士とかダイコンタロウとかどうでもいいので、この調子に戻しちゃおうかなって感じの、通常回。


 あんまりだろう。

 俺が覚悟して今週の内容に挑んだというのに、この裏切りはあんまりだろう。

 いったいどんなきつい仕事が待ち受けているのか。


 教師。

 消防士。

 警察。

 三交代の工場勤務。

 特殊清掃。


 そらもういろいろと考えたさ。

 確かにたいへんだけれども、きつい仕事だけれども――それでも社会に必要な仕事なんだ。それを一生懸命果たしていくんだ。


 そういう覚悟で俺は居たのだ。

 それを伝えるつもりで今週に挑んだのだ。


 なのに――。


「はじまるのがいつものでて九だったら、そらがっくり来ますがな!!」


「いや、クビになる要素も少ない、どちらかというともはやでていけ成分関係ない、俺と九尾さんやったで」


「お仕事小説なにそれおいしいのって感じの、ほんわか日常回だったのじゃ」


「なるほど、こういう展開もあるのかという感じの、ほんわか九尾小説だった」


「うるせえありがとフォックス!! けど、趣旨が違うんだよフォックス!!」


 もうどないしろと言うんだ。

 俺は頭を抱えた。


 よし、ひとつ俺が仕事の厳しさを教えてやろう。

 そう決意したら――風俗的な仕事をやらされ。

 いやいや、もうちょっと真面目な仕事をと言ったら――キワモノドラマの撮影を振られ。

 いい加減にしろやとブチ切れて、真面目な仕事プリーズと訴えれば――。


 この日常回である!!


 世界は俺にどうしてほしいというのだ。


 こんなもん、ただの狂言回し。

 ただのコントやないかーい、かーい、かーい。(エコー)


「のじゃのじゃ、まぁ、なんじゃのう。やっぱり、慣れないことはするべきではないということなのじゃ」


「せやで桜やん。桜やんは冷徹なツッコミキャラ。それが、面白ボケ役に回った所で、ただの辛辣オッサン。面白みなんてなんもあらへんねや」


「そうだぞ」


「おい、シュラトこら。お前、コラ。なに同調してんだ。そして、何がただの辛辣オッサンじゃ。オッサンなのは認める。辛辣なのも認める。その通りだよ。その通りだけれど――もっと言葉を選べよ」


 体張っていろいろやった俺に対してあんまりじゃないでしょうか。

 無茶苦茶を言う連中に、メンチを切って話を落とす。


 かと言って、確かに彼らの言う通り。俺のような生来のツッコミ役が頑張った所で、物語が面白くなるはずがないのだ。

 そりゃ、無茶な展開を発生させたり、天丼ネタを重ねて来たり、日常回でお茶を濁したり、なってしまうのは仕方ないのだ。


 やむなし。

 もはや誰もシュラトに仕事の大変さを教えることはできないのか。


 諦めの嘆息が場に満ちたその時――。


「いや、しかし、桜どのの身体を張ったこれまでの行いにより、俺もこの世界でやらなければいけないことが分かったような気がする」


「……シュラト?」


「……のじゃ。シュラトよ、お主、ついに改心して」


「えっ、えっ、今までのやり取りでそんな勉強になるような話ありました? ちょっと桜やん、これ、明らかにあかん感じの流れの奴とちゃいますのん?」


 あかん感じの流れの奴かもしれない。

 けれども、シュラトの奴がようやく重い腰を上げて自分のやらなくてはいけないことを自覚してくれたのは大きな進歩だ。


 ニート脱却の大いなる一歩である。


 それを俺は尊重してやりたい。


 具体的には何をやるつもりだ。そう問いかけた俺にシュラトは――。


「つまるところ、私がこの世界に飛ばされたのは、桜どのと同じようなシチュエーションコメディを繰り広げるため。であれば、やらなければ一つ」


「のじゃ」


「一つ」


「いやいや、ここ緊張するシーンです?」


「そう、この話はお仕事クビになるコメディ。クビになる九尾さんと、それを傍目に冷徹にツッコむクールガイにより織りなされるトンチキ物語。つまり――私が桜どので、アリエスが加代どの」


 来週から、はじまるよ、でていけアンタはダークエルフさん。

 妖艶なダークエルフがコンビニやらスーパーやらなにやらでクビになったりならなかったり大騒ぎ。それを傍から、黒騎士がしたり顔で嗜める。


 うむ――。


「「「いや、だから、お前が働けって言ってるんだよフォックス!!」」」


 今の時点で、シュラトのせいで大変な迷惑をこうむっているアリエスちゃん。そんな彼女に重ねてそんな苦役を貸すのはあまりに理不尽。


 やめてやれよ、俺たち三人は全力でアホのシュラトの暴挙を止めたのだった。


 そんなのはじめさせてたまるかフォックス。

 これは来週へのフリとかそういうんじゃないです。


 とほほ、やっぱりポンコツ黒騎士。

 シュラトの奴を働かせるのは難しいようだ。

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