第633話 釣りで〇〇はちょっとで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 加代さんと桜さんひがみ全開。

 ダイコンが社長だという事実が気に入らない彼らは、シュラトに仕事のやり方について説教をする彼に難癖をつけた。


「くくく、社長なんてソファーでふんぞり返って、へい、ワイが噂の浪速の商売王でんがなって顔してればできるものだろう」


「のじゃふふ。ダイコンよ、お主も少しは無様な姿を人前にさらして、働くことひいてはいきることの難しさを知ればいいのじゃ」


 卑屈だな、桜さんたち卑屈だ。

 とまぁ、そんな彼らの策略により、普段は社長職であれやこれやと忙しいダイコンがフロントに立つことになったのだった。


 はたして、彼の実務能力やいかに。


◇ ◇ ◇ ◇


 海。


 海は広いな大きいな。


 その後に続く歌詞を僕はまだ知らない。


 とにかく、俺たちはアイスキャンディの回ぶりくらいに海に来ていた。

 いや、異世界の海には行った最近気がするが、久しぶりに海に来ていた。


 しかも――。


「冬の海だぜ」


「マタギ旅情が哀愁を誘う冬の海なのじゃ」


 どうして冬の海に俺たちが来ているかといえば他でもない。なんでもやってるレジャー企業であるダイコンコンツェルン。そりゃまぁ、海辺でやるお仕事も当然やっている訳で、そちらの方の仕事でやって来たという訳だ。


 荒い冬の波の上。

 ぶらりぶらりと揺られながら、縁から垂らすは釣りの糸。


 そうここは漁船の上。

 いわゆる、沖釣りの船の上だった。


「はーい、それじゃ皆さん、そろそろ魚影が近づいてますから。じゃかぼこ釣っちゃってくださいねー」


「「「はーい!!」」」


 そんなのんきな言葉と共に、本当にじゃかぼこと竿がしなり、魚が甲板に飛び出すように釣れていく。

 魚の種類はよく分からんが、たぶんあれだ、白身魚的な何かだ。


 なんにしても、入れ食いとはまさにこのこと。


 九尾が思わず尻尾を垂らして、それで釣れんかなとかやりだす始末。

 はしたないからやめんさいと加代を止めると、俺はこの船を操舵している――サングラスがまばゆい男を凝視した。


 そう、いかにも本職っぽい釣り〇〇な男を。


「釣り社長ダイコン!!」


「……釣りは卑怯だろそのルックスで!!」


「のじゃぁ!! ダイコン!! そのルックスで釣りはやったらあかんネタなのじゃ!!」


「やったらあかんてなんじゃい、桜やん加代やん。アンタらが、椅子に座って踏ん反りかえってないで、汗水垂らして働けというから、こうして汗水たらしに海まで出て来たんじゃないですかよ。いやはや、持っててよかった――小型船舶免許!!」


 出たよ。

 金持ちが持ってそうな免許。


 そうだよな、お前はまごうことなき金持ちだものな。

 ダイコンコンツェルンの社長にして総帥だものな。そりゃ持ってますわな、そんなこじゃれた免許。そして、そのルックスから明らかに得意ですわな、釣りとか、釣りのアドバイスとか、あとはそうなんかこう、甘いマスクで指導したりとか。


 実際、船の上に乗っているお客さんの大半は女性である。

 森ガールがそのまま海上に移動したような、とてもじゃないが海を恐れている感じではない服装の女の子たちが、ライフジャケット着てきゃっきゃうふふとはしゃいでいる。


 その目の端は、船を操作するダイコンを静かに捉えていた。


「きゃー、お兄さん、これ、なんて魚なんですかー」


「ハコフグだね。一般的なフグ毒はないけれど別の毒を持っていてね、ちょっと調理に神経を使う魚だよ。けど、フグだけあって上品な味がして美味しいよ」


「おにいさーん、これ、餌ってこのうねうねしたのつけないとダメなんですか。やーん、私、こんなのさわれなーい」


「だったらルアー釣りにしますか。それか、うどん粉で練った餌を使うのもありですけど。なんにしても自分に合った餌を使いましょう」


「いやーん、針がスカートにひっかかかっちゃったー」


「あはは、おばーちゃん、股引が丸見えですよ」


 わきあいあい、今日もダイコン丸(船の名前)は大繁盛。

 愉快でハンサムな船長のおかげで大賑わいなのであった。


 ――うむ。


「どや、これでワイが口だけ社長やないことが証明され――へぶ!!」


「チェーンジ!!」


「ゲッ〇ー!! ワン!!」


 得意げな大根太郎の頭を叩いてたしなめる。


 ダメだ駄目だこんな展開。この小説はでていけあんたは九尾さんなんだよ、そんなうまく仕事がいったらダメに決まっているじゃないか。

 話の趣旨をまったく理解していない奴め。


「のじゃ!! 海の仕事は見た目からして得意そうなのであかんのじゃ!! もっとこう、陸の上で人と触れ合う仕事にするのじゃ、ダイコン!!」


「一回目だからお前の好きな仕事でと大目に見てやることにしたが、これはいかんですよダイコン先生!! そんな人生イージーモードなお仕事なんてそうそう人間にはないんです!! だいたい、社長が釣りに行ったら――うまくいかなくて素人の平社員に助けてもらうのが定石でしょう!! そういうところ!! そういうところですよ、ダイコン社長!!」


「えぇ……なに、それ、横暴……」


「「物語のテンプレ押さえて出直してこい!!」」


 なんかこのままだと、普通にお仕事上手く行っちゃって話が終わっちゃいそう。

 なので、俺たちはダイコンの仕事ぶりに、あえてノーを突き付けたのだった。


 うん、これはシュラトのため、すべては仕事の辛さを分かってもらうため。


 別に社長のくせに接客もできるとかどういうこっちゃねんオラァ完璧超人かとそういう思いはみじんもなかった。


 本当の、本当に微塵もなかった。


 本当の本当に。

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